えのぐ「enogu 10 Days Live -遮二無二-」に参加した話

 

 

10日間連続ライブ(休憩は中1日)というイカれた公演をやると言ってのけたVRアイドルえのぐ。ライブパフォーマンスを磨く武者修行と位置付けられたこの公演は、10曲×10公演の合計100曲が披露された。各公演にはそれぞれテーマが設けられており、テーマに応じたセットリストが組まれる。公演によっては有名アーティストのカバー曲が披露されたりと常に挑戦と進化を続けている様子を見ることが出来た。

開催期間は2021.7.25 - 2021.8.5、会場は渋谷のライブスタジオ『渋谷WWWX』だった。自分が現地に赴いたのは7日目と10日目。1日目と10日目は無料でYouTube配信していたのと、ニコニコ生放送で有料配信していた分も数本見た。

5日目は『歌唱力全振りライブ』ということでバラード系の楽曲が多く披露されたほか、秦基博『ひまわりの約束』とMr.Children『HANABI』の楽曲カバーもあった。リアルタイムで見ておらずこのカバーについては公演後に知ったのだが、ミスチル好きとしては見るしかないということでニコニコの配信分を購入。

『HANABI』は飽きるほどに聴いた大好きな楽曲だが、歌い方だったり表現にリスペクトが感じられる素敵なカバーだった。4人の歌唱力の高さにも圧倒されたし、女声でハモったときにこんなにも良いものになるんだなという驚きもあった。この公演をきっかけにして『遮二無二』自体への熱量が上がったところが大きい。

7日目は『かっこよさ全振りライブ』ということでアッパーな楽曲を中心にセットリストが構成されていた。こちらは現地参加した。和田光司の『Butterfly』といきものがかりの『ブルーバード』がカバー枠。音声トラブル、と言ってもイントロに少しノイズが混じった程度だが、それを理由として『Butterfly』を2回連続で披露するというライブ巧者っぷりには感嘆した。『ブルーバード』のハモりも素晴らしかった。

8日目は『バラエティ盛り盛りライブ』で、ニコニコ生放送で後から視聴。楽曲のアレンジバージョンだったりユニットシャッフルを行うなど、既存楽曲のテイストを少し変えて披露するというコンセプト。中でも『Dreamig World』のアカペラバージョンは凄かった。主旋律としてパッションを抑えて落ち着いて歌い上げた白藤環さんも凄かった。夏目ハルさんのボイスパーカッションも凄い。四声でハモる「楽しさを届け合おうよJOIN US」のフレーズは本当に心地よかった。

10日目は最終公演、メンバー達の声に掠れがあったりと疲労が見え隠れする。しかしそれはここまで一切手を抜かずにやってきた証明でもある。残った力を振り絞り、気力とパッションと気合とパワーを籠めたパフォーマンスは文字通り魂を削っていた。最後の通算100曲目、この『遮二無二』のテーマ曲でもある『BRAVER』。高校野球の予選大会テーマソングにもなった、誰かの背中を押す勇気の歌。ラストサビ前、もはや歌唱の体を成していない、白藤環の全身全霊の叫びが天まで届くのを俺は見た。

ライブという戦場に賭ける想いにはまたも感情を動かされた。世界一のVRアイドルに。VRアイドルを当たり前に。革命を起こそうと頑張るヒトは眩しい。えのぐを応援したいと思っている理由はそれに尽きる。

 

■参照・関連サイト

https://enogu-official.com/20210601-2/

 遮二無二のページ。ニコニコで有料配信していた分が既に公開終了となってしまっているのが残念。1日目と10日目はYouTubeに無料で上がっているので是非。

くろろのたのしいディスカバリー(2021年7月)

Tokyo 7th シスターズ Live - NANASUTA L-I-V-E!! - in PIA ARENA MM(2021.7.3〜7.4)

 

実は当日までナンバリングライブとの区別があまり付いていなかった。ということからも分かるように、ライブに向けた心の準備は出来ていなかったかもしれない。

ナナスタライブ、要するにナナシス世界でのハコスタライブを模したものになっていたように思う。終演直前までキャラクターとして喋っていたり、バンドも生バンドではなかったりと、2.5ライブとコンセプトは近かったのかもしれない。ユニットカバーがあったが、これまであまり見られなかったものだったので作品世界らしさを感じた。

コドモ連合、SOLのライブは非常に素晴らしかったが、時空を進める演出にはもう少しやりようがあったのではと思ってしまった。個人的にはここをどう表現するのか結構期待していたのだが、サワラが超能力で時間を操作するという匙の投げっぷり。1日目はそれが少し引っかかってしまったのだが、でもある意味で何でもありのお祭りだと考えることで2日目は純粋に楽しめた気がする。

桑原由気さんが二つのシンジュをやっている姿や後輩たちを気遣う姿には感じるものがあった。あの瞬間は2021年だったが、2021年にもそういったドラマが生まれているのはやはりコンテンツが生き物であることを感じさせてくれる。

 

 

22/7 1st アルバム『11という名の永遠の素数』リリース Tour 2021(2021.7.11-14-15-22)

11という名の永遠の素数 (通常盤) (特典なし)

11という名の永遠の素数 (通常盤) (特典なし)

  • アーティスト:22/7
  • SMR
  • オススメ度: ★★★★★★☆☆☆☆
Amazon

 

22/7の東名阪ツアー。名阪は平日開催だったが、転職することもあって休暇の融通が効いたので参加出来た。ベストアルバムへの収録楽曲を中心に披露。

書き残すのもどうかと思うが、名古屋公演と大阪公演で倉岡水巴さんの様子が明らかにおかしかったので肝が冷えた。大阪公演と東京公演の間にオンライントーク会があってライブの話を少ししたのだが、自分でも本調子でなかったと言っていた。ただ同時に東京公演では修正したい、その為の準備も頑張りたい、とも語ってくれた。

そうして迎えた最終日の東京公演、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたのは自分のことのように嬉しかった。名古屋と大阪では悪い意味で目を離せなかったのだが、最後は良い意味で目が離せなかった。そんな訳で全体を見るという余裕はあまりなかったのも事実。

西條和さんの変化というかが見え隠れしたのは良かった。このツアーに限らないが、彼女が前向きになっている様子が見えるのは嬉しい。一方でそれをコンテンツとして消費するのは不義理なようにも思えてしまう。でも、だとしたらアイドル活動に我々は何を見るのだろう。

 

 

アニソンウッドストック(2021.7.17)

 

野外アニクライベント。仲の良いオタクがDJをやるということで応援に行った。上月せれなさんがライブをやっていたのでそれも楽しかった。

特段レギュレーション等もないので久々に身体を揺らしたりジャンプしたり走ったりといったことが出来て良かった。

 

 

藤本タツキ『ルックバック』(2021.7.19)

 

 

別記事を作成済。人間の感情を動かす力のある漫画だった。創作の可能性を教えてくれるものでもあった。

 

 

隣人13号(2021.7.23 視聴)

隣人13号

隣人13号

  • 中村獅童
  • オススメ度: ★★★★★☆☆☆☆☆
Amazon

 

勧められて視聴した作品。主人公が二つの人格を持っているのだが、人格によって演者を明確に分けるというのが面白かった。

メインの人格を小栗旬、第二の人格=13号を中村獅童が演じる。中村獅童の怪演がとにかく光っていた。画面の緊張感や雰囲気、生々しさなども現実寄りの手触りがあってかなり没入出来る作品だった。テーマ自体は明るいものではなかったので積極的に他人に薦めようとは思わないが。

原作漫画も読んでみたのだが、こちらはだいぶ稚拙というかC級くらいに感じた。これを見れるものとして映像化したプロデュース力にも感嘆した。

この映画を見たのが丁度オリンピックの時期で、関係者たちが過去の不祥事が掘り起こされて開会式を降板する、という光景をみていた。本作は過去のいじめに対する主人公の復讐劇だ。その復讐の度合いは、一見すると度を越している。しかしそれは側から見ているからであって、本人からすればそれほどまでに恨みが募っているとも解釈出来る。

エスカレートしていく復讐に対して、いじめの加害者は「何年前の話してんだよ」、「やりすぎだろ!!」と激昂する。過去の罪はどのようにすれば赦されるのだろうか。全てが過去になってから反省し、心を入れ替えて真っ当に生きる?でも、被害者が恨んでいる限り、真の意味での贖罪は果たされないのだ。贖罪するためには被害者の前で罪を償い、赦されなければならない。贖罪と更生はどちらか一つだけではおそらく不十分なのだろう。

 

 

劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト 劇中歌アルバム(2021.7.24)

 

最高の映画を彩った最高の音楽たち。サブスク解禁時に『わがままハイウェイ』を大音量で聴いたらキッズになってしまった。『wi(l)d-screen baroque.』もイントロのイカれ具合が素晴らしい。『スーパー スタァ スペクタクル』も音源で聴くと盛り上がりが分かりやすい。どの楽曲においても聴いていて気持ちいいポイントが明確にあって嬉しい。

 

 

DISCOVERY

DISCOVERY

  • アーティスト:Mr.Children
  • Toysfactoryレコード
  • オススメ度: ★★★★★★★★★★
Amazon

 

くろろのたのしいディスカバリー(2021年6月)

中島愛 Birthday Eve Special Live ~green diary~(2021.6.4 参加)

green diary [初回限定盤] [CD + Blu-ray]

green diary [初回限定盤] [CD + Blu-ray]

  • アーティスト:中島愛
  • フライングドッグ
  • オススメ度: ★★★★★★★★★☆
Amazon

 

中島愛さんのライブに初めて参加。フェス系のライブでも見たことがなかったので生歌を聞くのが人生で初めてだった。アルバムの楽曲を中心として歴代の人気曲も織り交ぜた構成。アルバムが非常に素晴らしい作品であるためランカ・リーとして鮮烈な登場を果たした彼女がその歌姫たる所以をまざまざと見せつける、声の表現力に満ち溢れたライブだった。

 

 

劇場版「少女☆歌劇レヴュースタァライト」(2021.6.4 公開)

劇場版「少女☆歌劇レヴュースタァライト」Blu-ray

劇場版「少女☆歌劇レヴュースタァライト」Blu-ray

  • 小山百代
  • オススメ度: ★★★★★★★★★★
Amazon

 

7月も含めると合計6回見に行った。

TVアニメシリーズで猛威を奮った外連味溢れる作劇は、何段階も強度を増してスクリーンへと帰ってきた。「スタァライトされたい」と渇望する観客への解答は見ての通りで、やりたい放題とでも言うべきロマン砲の数々に振るい落とされそうになる。そんな過度なダイナミズムの足元に生じる疑問は「ワイルドスクリーンバロック」という免罪符であっさり切り捨ててしまうのだから恐れ入る。こちらも気持ちよく首を刎ねられるというものだ。

TVアニメシリーズの劇場版が制作される理由は様々であろうが、兎にも角にも需要が無いことには始まらない。ある種完璧とも言える幕引きを見せたTVアニメシリーズ。その補完へと踏み込む行為は、一歩間違えれば蛇足となり得る危険性も孕んでいる。

それでも観客の我が儘に応答して、ほんの僅かだけ輪舞を見せてくれた彼女たち。ラストに訪れる「演じ切っちゃった、レヴュースタァライトを」の台詞は、劇場版「少女☆歌劇レヴュースタァライト」という外伝を生み出すに至った観客と作品との歪な関係性を浮き彫りにしてみせたと共に、その円環から少女たちを解き放つものでもあった。

狩りのレヴューが一番好きです。

 

 

MOE ERA(2021.6.24 クリア)

 

フォロワーの紹介で知ったロシア産ギャルゲー。おそらくはDDLCを意識して作られたであろうことがパッケージやデザインから見て取れる。だがDDLCの模倣であったりパクリといったものでは決してなく、製作陣の拘りや問題意識も見えてくる意欲作だ。

設定や仕掛けが相当ぶっ飛んでいるというか相当キマっており、一種のドラッグ的な良さがある。「それを美少女ゲームのキャラクターに言わせるか?」というエッジの効いた鋭い台詞が多く、テキストの強度という意味では他の追随を許していない。更にはロシア産かつマイナーな作品だということも手伝って日本語verの翻訳がだいぶ怪しいのだが、これもテキストの無骨を助長していてシュールな面白さを生み出すのに一役買っている。

等身大のキャラクター造詣ではないのでギャルゲー的な感情移入は難しいが、制作チームのファン目線でテキストを読むという楽しみ方が出来るだろう。ウケるかどうかでなく、作りたい物を作ってやろうという精神が垣間見える。終盤では社会風刺的なメッセージ性も強くなり、鬱屈した何かを抱えた集団が作ったんだろうなと嬉しくなってしまう。現代のプロレタリア文学と言っていい。

以下にはナイスなセリフをいくつか抜粋。これら以上に読み惚れるテキストもたくさんあるのだが内容面でも体験面でもSpoilerになり兼ねないので割愛。無料なので是非。

 f:id:kuroroblog:20210830231356p:plain

f:id:kuroroblog:20210830230820p:plainf:id:kuroroblog:20210830230851p:plainf:id:kuroroblog:20210830230622p:plain

 

 

転職活動

6月はめちゃくちゃ転職活動をしていた。コロナ渦でWeb面接が主流なので、在宅勤務の日に面接を入れたりといったことが可能なのでやりやすかった。結局6月中に内定取得。

新しい職場の方が業務量的には多いと思われる。前職は9時-17時で残業ほぼナシという公務員みたいな環境だった。新しい職場はおそらく忙しいので後悔する事になるかもしれないが、同じ場所に留まるのもそれはそれで後悔しそうだったので踏み出してみた。

踏み出した、行動した、転職したという実績が欲しかったのかもしれない。もちろん年収面とか将来性とかそういうのもあるんだけど、一番しっくり来る答えはそれなのかもしれない。何となくで就職した場所で何十年も留まることに恐怖を感じていたのかもしれない。今回の転職も広義での何となくに入るかもしれないが、でもそういう理由があるだけでも違ってくると思いたい。

 

DISCOVERY

DISCOVERY

  • アーティスト:Mr.Children
  • Toysfactoryレコード
  • オススメ度: ★★★★★★★★★★
Amazon

 

藤本タツキの『ルックバック』

ルックバック - 藤本タツキ | 少年ジャンプ+

 

shonenjumpplus.com

 

藤本タツキ先生の新作読み切り『ルックバック』を読んだ。

京都アニメーションの事件を彷彿とさせるシーンや、過去のテロ事件ともリンクする仕掛けが為されていたりと、本作が内包する主題は大きく、またセンシティブでもある。

ただこの点が多くクローズアップされている一方で、自分がこの作品で食らったのって多分そこだけではないんだろうなという想いもある。

上記を整理する意味でも、この記事では登場人物の関係性や心情といったミニマルな範囲に焦点を当てる形で、自身が感じたことを書き記している。

 

「藤野にとって、漫画とは何だったのか?」この問いは本作について考える上での良いガイドラインになった。藤野の漫画、ひいては創作に対する向き合い方の変化が、この作品の中核を為しているように思う。"創作"もまた、重要なファクターだという捉え方をした。

元々、藤野は学年で最も漫画が上手な子供だった。周りからチヤホヤされていたし、クラスで一目置かれる人気者であったはずだ。一方で、藤野は別に漫画を愛していたというわけではない。冒頭の『ファーストキス』に関しては5分で描き上げたと言っており、周りより上手く出来るし気分が良いから何となくやっていたに過ぎないのだろう。「漫画家になれば?」と言われた時も「つまらなさそうだから嫌だ」と回答する。

ところが京本の作品が学年新聞に掲載されて状況は変わる。自分よりも絵がうまい人間が現れる。藤野の絵は普通だよなと言われてしまう。この時の藤野の反応は、悔しさや憤りだ。負けたくない、自分よりうまい人間がいるなんて認めたくない。そして、京本に負けたくないという動機のままに、藤野は絵の特訓を初める。

ポイントは藤野が京本の絵を見て、そうした感情しか見せない点だ。例えば、こんな絵が描けるようになりたいという憧れであったり、京本の絵に目を奪われたり、そういった反応は出て来ない。何せ、京本の絵を初めて見た時の表情がアレである。こうした反応は京本の芸術への向き合い方とは対照的だ。

やがて6年生になり、周囲からは絵を描くことに対するネガティブな反応が増えつつある。漫画を描いててもオタクになるだけだし、人生の役には立たないと言われる。カラテをやって内申書を装飾した方が良いとまで言われる始末だ。それまで漫画を褒めてくれていたクラスメイトとは疎遠になり、視線もどこか冷ややかである。そしてとある日、藤野と京本の4コマが学級新聞に並ぶ。藤野の画力は確かに向上しているが、京本との差は未だに大きい。ここで、藤野は漫画を描くことを辞めてしまう。

時は流れて卒業式。部屋の前で何となく描いた4コマ漫画をきっかけに、藤野と京本の運命的な出会いが果たされる。京本が藤野の熱烈なファンであることを知り、また藤野の才能を全肯定するスピーチを聞いて、藤野はモチベーションを取り戻す。やはり、他者からの賞賛や承認欲求の充足といった事象は、藤野を駆り立てる原動力となっている。無論それは創作に踏み出す動機として至極健全なものであると言えよう。

その後、"藤野キョウ"としてチームを組んだ二人は漫画の賞への応募を目指し、ひたすらに描き続ける。そして一年以上かけて完成させた力作『メタルパレード』で見事に準入選を果たす。賞金を獲得した藤野が10万円を手に豪遊するも、結局5,000円しか使い切れないというエピソードは印象的だ。

それ以降も二人は読切作品を創り、合間には取材を兼ねてか外出したりと、楽しい日々を過ごす。この期間は双方にとって、非常に充実した時間であったことが見て取れる。順調に読切を掲載し続け、人気も出てきた藤野キョウは、いよいよ連載の話を持ち掛けられる。藤野は乗り気であったが、京本は美術大学への進学を希望しており、連載は手伝えないという。

藤野が京本を引き留める台詞は印象的だ。美術系の就職先なんて全然ない。私についてくれば来ればうまくいく。皮肉にも、かつて小6の藤野に漫画を辞めるよう説得してきた声が思い起こされはしないか。藤野にとって、芸術とはやはり手段なのだろう。無論、芸術を生業とする以上はそれで飯を食う必要があるのは当然だ。付随して得られる富や名声を以てして成功とすることもまた正しい。

だが、京本は美大への進学を決める。何故か? 答えはシンプルで、もっと絵がうまくなりたいからである。画力が上がれば描くスピードが速くなり連載のクオリティも上がる、という藤野のアドバイスも影響しているだろう。ここに創作の捉え方の差異が見て取れる。京本が現代美術の資料を見て目を輝かせるカットは印象的だ。

藤野にとっての創作が手段となりつつあるのに対して、京本はあくまでもただ絵を描いていたい、絵を極めたいという衝動を強く持っている。何しろ京本はずっと、好きだから描いてきた。京本にとって創作は手段でなく目的としてそこにある。人気者になりたいとか稼ぎたいとか、そういった欲とは無縁なのだ。

結局二人の道は分かれてしまう。それ以降は藤野キョウ名義でこそあるが、実質的には藤野が単独で作家活動を続けていく。とは言ってもその勢いは凄まじく、初連載である『シャークマン』の単行本は11巻を突破し、見事にアニメ化にまで漕ぎつけてしまう。

『シャークマン』の躍進と並行する形で、藤野の背中のカットが何枚も続くのが印象的だ。広くなった無機質な部屋ポツリと置かれた机。そこにかぶりついて作業を進める孤独な背中には、悲壮感さえ漂う。二人は頻繁に連絡を取り合うという事もしていなかったのだろう。気まずい別れ方をしたのかもしれない。藤野の孤独な背中はそれを裏付けているように思う。

やがて、凄惨な事件が起きてしまう。京本の部屋までやってきた藤野は、あの日漫画を描いたことを追憶し、後悔する。漫画を描かなければ京本は部屋から出てくることもなく、死ぬことも無かった。なぜあの時漫画を描いてしまったのか。藤野は「描いても何も役に立たないのに……」、とつぶやく。漫画を手段として捉える姿勢がここにもある。

アニメ化に至る大ヒット漫画を描いた藤野。富も名声も手にしているはずだ。漫画で稼いで経済回してやろうぜと意気込んでいた、藤野が思い描いた"成功"が形になったであろうことに疑いはない。でも、京本と別れてからの藤野が幸福な表情、様子を見せることは無い。10万円を握りしめて出かけても5,000円しか使い切れなかったあの日が象徴するように。手に余るものをもたらされても、目的のない場所には幸せがない。そこに横たわるのは空虚な勝利だ。

なぜあの時漫画を描いてしまったのか。その問いは「漫画をこれ以上描く意味はあるのか」に姿を変えるはずだ。このままなら藤野は漫画をやめてしまったかもしれない。しかし藤野が漫画を破り捨てたことがきっかけとなり、あり得た別の可能性、別の世界線が提示される。京本が部屋から出ない世界。ここでは別の形で藤野と京本が邂逅し、襲撃事件は未然に防がれる。そして京本の『背中を見て』が描かれ、藤野の元に届く。

『背中を見て』を読んだ藤野は京本の部屋に足を踏み入れる。そこで藤野が見たものは何だっただろうか。「京本は藤野のファンであり続けた」というその事実に他ならないと思う。シャークマンのポスターを部屋に貼り出し、単行本を複数買い、週刊誌の読者アンケートを律儀に書く。そして、藤野歩のサインが背中に入った半纏は今でも扉にかけられている。

藤野キョウとして共に仕事をする仲間となってからも。そのコンビが解消されている状況でも尚。京本はずっと藤野のファンであり、一人の読者なのだ。

回想の中で藤野は「面倒だし地味だし、漫画なんて描くもんじゃないよ」と語る。対して、「じゃあ藤野ちゃんはなんで描いてるの?」という京本の問い。藤野の自問にも回帰するその問いに呼応してフラッシュバックするのは、藤野が京本に『メタルパレード』のネームを共有した日の光景だ。

京本はネームを読んで興奮し、涙を流し、時に腹を抱えて笑っている。漫才師が相方の書いてきたネタを読んで爆笑する、相方を世界一面白い奴だと思っている、そんな関係。藤野の最大のファンはきっと京本だった。京本という読者が、藤野にペンを握らせたのだろう。その京本と進む道が違えてしまったことで、藤野は漫画を描く理由を既に見失いかけていたのだと思う。

でも側にいて直接声が届く環境でなくても。見えないところで、どこかの誰かの元に藤野の漫画は届いているのだ。多くの人々が、『シャークマン』の続きを待っている。藤野が描く漫画を待っている。藤野の預かり知らないところで、京本が変わらずファンであり続けたように。これは創造力と同時に、想像力の話でもあるのだと思う。

なぜ創作をするのかを突き詰めた時、受け手となる存在が居ることをイメージすること。読者は決して無機質なテキストやデータの存在ではなく、血の通った生々しい人生がそこにあるということ。そして、その人生に影響を及ぼすだけの力が創作にはある。4コマ漫画が引きこもりの少女を外の世界に連れ出し、失意の底の漫画家に光を与えることもある。一方でそれが悲しい事件に繋がってしまう可能性も決してゼロではないのだが……。受け手となり得る、どこかの誰かの背中を押す力が創作にはある。そのことを実感を持って信じることが出来た時、創作が持ち得る可能性は大きく広がるのかもしれない。

藤野は京本の背中を見て、大きく意識を変えたと思う。創作を受け取ってくれる読者を見る。自身が背負っている期待を見る。それは時に重圧となるが強大なエネルギーでもある。創作で、漫画という表現で、世界と応答し続けること。それがポジティブな事に繋がることを祈りながら。漫画を描くという行いそれ自体が、藤野の人生の意味となった瞬間ではないだろうか。

藤野は決意の下に歩き出し、再び漫画を描き始める。それまで孤独に見えた背中はどこか力強く、広く感じられる。最後の4つのコマでは目を逸らさずにその背中を見つめるべきだろう。

くろろのたのしいディスカバリー(2021年5月)

 

庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン/パラノ・エヴァンゲリオン(2021.5.3 読了)

庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン

庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン

  • 作者:庵野秀明
  • 発売日: 2014/11/20
  • メディア: Kindle版
  • オススメ度: ★★★★★★★★☆☆
 
庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン

庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン

  • 作者:庵野秀明
  • 発売日: 2014/11/20
  • メディア: Kindle版
  • オススメ度: ★★★★★★★★☆☆
 

 

庵野秀明ほか、ガイナックスのエヴァンゲリオン製作陣を対象にしたインタビューや対談や座談会やらを纏めたルポルタージュ。TVシリーズの放送が終わった頃に書かれたもので、旧劇場版の公開に向けて鋭意製作中といった時期の文章となっている。

エヴァンゲリオンを語る上で切り離せなくなっている庵野秀明という存在に焦点を当て、彼のルーツであったり現在の仕事っぷりであったりを解剖し浮き彫りにしていくといった内容だ。ヤマトやウルトラマンといった作品から受けた影響や、アニメーターを志してから業界に至る経緯、あるいは家庭環境などともかく赤裸々であり、実に濃厚な内容となっている。20世紀という時代やエヴァブーム絶頂期といった背景から来る空気感が紙面の隅々から伝わってくるのも読書体験として面白い。オウム真理教との関連性が再三議論されるのはまさに当時ならではといったところだろう。

 

 

エルフェンリート

エルフェンリート Blu-ray BOX

エルフェンリート Blu-ray BOX

  • 発売日: 2012/12/19
  • メディア: Blu-ray
  • オススメ度: ★★★★★☆☆☆☆☆
 
be your girl

be your girl

  • アーティスト:河辺千恵子
  • 発売日: 2004/04/28
  • メディア: CD
  • オススメ度: ★★★★★★★☆☆☆
 

 

有名タイトルでずっと興味があったにも関わらず、手を出していなかった作品枠の一つ。10年程前に『アニメ神OP集』みたいな動画を見たのがファーストコンタクトだったと思う。そのOPの雰囲気だったり、グロテスク描写への注意喚起に何となく食指が止まってしまって結局現在に至る。が、GWで暇だったのもあって視聴。

いけ好かないキャラクターが無慈悲にバッタバッタと死んでいくのは面白かったが、いかんせん粗い展開が多く、酷いアニメだったなという感想が勝ってしまった。凄惨な画面は刺激的であり魅力なのは勿論なのだが、そこに至る理由に納得感があまりなかった。記憶が一部欠けていたりするのもご都合な感じがしてモヤっとする。

でも全体を通しての不条理さだったり何とも言えない後味などは、最近のアニメでは得られないものだと思うので見て良かったなと思う。外見による人種差別、優性/劣性遺伝子といった要素も見え隠れした気がして考えさせられた。例の手で触られると"感染"するというのも面白い。

OP曲は評価が高く海外でも人気で、どういう経緯なのか教会などで歌われることもあるらしい。個人的にはEDの『be your girl』がキュートで、OPや本編とのコントラストも相まって印象に残った。和製Complicatedという感じで、MVも含めてゼロ年代のガールズロックの手触りがあって良い。

 

www.youtube.com

 

フランス人のエルフェンリート評: びざろいど

 

 

YUKI『Terminal』 

【Amazon.co.jp限定】Terminal (通常盤) (メガジャケ付)

【Amazon.co.jp限定】Terminal (通常盤) (メガジャケ付)

  • アーティスト:YUKI
  • 発売日: 2021/04/28
  • メディア: CD
  • オススメ度: ★★★★★★★★☆☆
 

 

YUKIを一番聴いていたのは高校生の頃で、FIVESTARというベスト盤を良く聞いていた。正直なところそれ以降は熱心に聞いて来なかったのだが、それはさておいてこのアルバムは非常に素晴らしい。

リード曲の『Baby,its you』の完成度は言わずもがな、ミディアムバラードの『灯』は初めて聞いた瞬間から歌詞が染みて泣けるエモさがあった。終盤のシャウトには胆力というか凄みを感じる。

これまでスルーしてきたアルバム群も聴いてみたが、いずれも圧倒的であった。ベテランの域に達しても、時代に合ったフレッシュかつハイクオリティな楽曲をコンスタントに輩出する姿勢は、ロックに飽き足らずポップスさえも極めた彼女の衰え知らずなクリエイティビティを端的に示している。

 

 

夜もすがら君想ふ / yomosugara kimi omou - TOKOTOKO(西沢さんP) feat.GUMI


www.youtube.com

 

他の楽曲がYouTubeでカバーされているのを見てここに辿り着いた。あの頃のボカロ曲の懐かしい空気感を纏いつつも決して古くないメロディで、最近の楽曲なのかと思っていたが2014年制作だった。2014年て。7年前じゃん。7年前!?うわ~!びっくりしました!

小気味良いリズムとカッティングに滑らかなボーカルが癖になる。GUMI(Megpoid)というボーカロイドで、中島愛さんの声がベースになっているようだ。中島愛さんのボーカロイドがあるみたいな話は何となく聞いたことがあったが、調べるまで気が付かなかった。初音ミクと巡音ルカと鏡音リンレンで止まってるのって若者からするとおそらくヤバいことなんだろうな。

TOKOTOKOさんの楽曲を他にも聞いてみているが、ミディアムテンポな楽曲でアジカンっぽさを感じるかもしれない。ジャケットに引っ張られているだけだろうか。

  

 

コットンキャンディえいえいおー!

コットンキャンディえいえいおー!

コットンキャンディえいえいおー!

  • 発売日: 2020/09/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
  • オススメ度: ★★★★☆☆☆☆☆☆
 

 

2020年の曲だけどこのタイミングで出会った。VTuberがカバーしていたのを見て興味を持った。サビのリズムが可愛い。他は特に感想が無いのだが、何だか可愛くて印象に残った楽曲。 

 

 

冴えない彼女の育てかた Fine(2021.5.11 視聴)

冴えない彼女の育てかた Fine

冴えない彼女の育てかた Fine

  • 発売日: 2020/09/23
  • メディア: Prime Video
  • オススメ度: ★★★★★★★★★☆
 

 

①現実世界 ②冴えカノ脚本 ③冴えカノ内ゲーム脚本 という三層に渡る構造の中で、下位レイヤーが上位レイヤーに対してメタ的な仕掛けを見せてくる。アニメ版でもそういった構図はあったが劇場版では非常に顕著だった。

ギャルゲーにおけるヒロインのお約束と、そのテンプレートに納まったり逸脱したりの綱渡りを繰り返す加藤。普通で無個性で手が届きそう、理想のヒロインのアンチテーゼを体現する加藤がしかしそれ故にヒロインに納まるというプロットは青写真なら描けそうだが、実際にやるとなれば相当な魅せ方が要求されるように思う。若干無理やりな展開もあったが、それでも見ていて(良い意味で)赤面してしまうレベルのスウィート・ラブコメディとして着地を決めているのが流石である。

脇役に追いやられてしまった二人が一矢報いるようなシーンは目頭が熱くなった。ヒロインとしてでなくとも、デザイナーとして作家として、彼に恋をさせたのは間違いなくこの二人である。クリエイティブにおける最高の瞬間が、相手との関係を理想とは違う形に確定させてしまうというのは残酷かつ皮肉な展開だったが、それを上回るだけの美しさがそこにはあった。二人はその誇りとペンで以ってその先も誰かの人生を彩り狂わせるのだろうと思う。そんな余韻が持てるストーリーかつキャラクター造形であった。

記号的なのだが人間的、メタ的なようでリアル。無味無臭にも思えるテンプレートに絶妙なエッセンスが入ることで不可思議な奥行きが生まれ引き込まれる。本作に自分が見出していた独特の魅力が劇場版でも炸裂していて素晴らしかった。

 

 

にじさんじ麻雀杯 花鳥風月戦(2021.5.22)


www.youtube.com

 

にじさんじの麻雀大会。文野環さんを応援していたところ大変なことになってしまったが、本気で頑張っているところは相変わらず素敵。負けたら涙が出てきてしまうくらい何事にも打ち込みたいものですね。

参加者の人となりが何となくでも分かっていると面白い。配信者ならではの大役狙いだったり、特別ルールによるカンの乱発など、盛り上がりポイントんもあって楽しめる大会だった。麻雀に詳しくなくても、にじさんじに詳しければ面白いのではないかと思う。逆はどうか分からないが。。

 

 

22/7『ヒヤシンス』

ヒヤシンス

ヒヤシンス

  • 発売日: 2021/05/26
  • メディア: MP3 ダウンロード
  • オススメ度: ★★★★★★★☆☆☆
 

 

アイドルグループがターニングポイントで打ち出す楽曲というのは、自己言及的であることが多かったり、そのような眼差しを向けられがちだ。この『ヒヤシンス』に関しても例外ではない。歌い出しにある《君が出ていった去年から》に関しては特に、22/7というグループで巻き起こった事象を言い表しているように読めるし、意図的に含みを持たせているであろうことは想像に難くない。そこにはファンサービス的な側面もあるのだろうが、見る人からすれば悪趣味に映るかもしれない。

一方でそうした視点だけにこだわってしまうのは楽曲の本質を取りこぼす危険性を伴う。何が言いたいかといえば単純だが、そういった22/7にまつわるコンテクストを排除してこの楽曲に向き合ってみようぜということである。この楽曲に関して何か述べたいとするなら、赤いヒヤシンスの花言葉を調べてからがスタートラインだ。

具体的なストーリーから、普遍的な楽曲のメッセージを抽出昇華するのは創作全般にも通ずる一つの形であるが、この楽曲における秋元康はそのやり方がとりわけうまい。台詞調にしてパート分けすることで主旋律とは別の視点を持った《僕》が歌詞の中に登場し、この《僕》が冷静に教訓を得たもう一つのペルソナとしてメッセージを語るという構成も良い。

ともかく歌詞を読み込んだ時に見えてくる物語の実像は、爽やかな曲調とは裏腹にスリリングでウェットである。その意味でこの楽曲は面白いし味わい深い。楽曲自体もボーカルの立ち替わりからサビで揃う時の気持ちよさだったり、良いポイントは多い。 そんな訳で個人的にはかなり気に入っている。『意味が分かると怖い話』みたいな形で話題になってくれると尚面白いのだが。

 

 

Tokyo 7th シスターズ FAN MEETING 1st greeting(2021.5.29、5.30 参加)

Tokyo 7th シスターズ -僕らは青空になる- [Blu-ray]
Tokyo 7th シスターズ -僕らは青空になる- [Blu-ray]
  • 篠田みなみ
  • オススメ度: ★★★★★★★☆☆☆
Amazon

 

ナナシス初のファンミーティングが開催。唯一映像化されていないライブである2.5ライブの特別上映会の他、その前後でキャストトークなども行われた。DAY1ではサンボンリボンが、DAY2ではSiSHが登場。映像内で自ユニットの出番になると実際にステージに出てきて、映像とシンクロする形でライブをやるという新しい試みだった。

2.5ライブは昼公演に参加したが、夜は行かなかったので完全に初見。ニコルの物真似をするハルに対してヒメが食らっていたのが面白かった。あの瞬間はヒメというより中島唯さんだったが。中島唯さんと言えばFUNBAREで腰をめちゃくちゃ落とす所作についてキャスト陣が触れていたのが嬉しくなった。めちゃくちゃ好きなので。

イベント内では今後のナナシスの動きについても発表があった。中でもカヅミのデビューと新エピソードの制作はビッグニュースだったと言っていい。デビューはもうないと思われていた三銃士のうちの一人であるカヅミ。EP3.5が素晴らしいのでデビューに際して鳥をモチーフにした何かがあしらわれていると嬉しい。

新エピソードについては、蛇足になってしまうのではないかと反射的に思ってしまうのが事実なのだが、でもこればかりは読む前に評価することは出来ないし待つのなら待つしかない。茂木総監督がナナシスの生みの親なのは勿論だが、ナナシスを作ってきたのはスタッフ陣、キャスト陣も一緒である。5年前にパシフィコで見た青い炎は決して一人の力で作れるものでは無かった。祈りの炎は残された者たちの中でも現在進行形で燃えていると信じてみたい。メラメラって感じです。

 

 

DISCOVERY

DISCOVERY

  • アーティスト:Mr.Children
  • Toysfactoryレコード
  • オススメ度: ★★★★★★★★★★
Amazon