『映画 ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ Bloom Garden Party』を観てきた(感想)

先日、『映画 ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ Bloom Garden Party』を見に行ってきた。75分間という映画としては短めの尺ながら、色々感じることはあったので、現時点での感想なりインプレッションを書き残しておきたい。

楽曲については有名どころを多少聴いたことがあったものの、ストーリーはもとよりキャラクターの名前も顔も知らない状態だったので、ミリしらというかもはや完全初見みたいな状態だった。今後、活動記録なども追体験していきたいと考えていて、そうすると映画に対する見え方や感想も変化していってしまうと思うので、初見時点での感想を大事にしておきたいという考えです。

蓮ノ空は敷居が高い感じがして踏み出せていなかったけど、劇場版が公開になるということで少し気になっていた。更には、タイムラインで蓮ノ空をすごい熱量で応援している人がいて、その熱量に当てられた面もあったのと、「初見でも楽しめる作りになっているから見に行って欲しい」といったことも書いていたので、その言葉にも背中を押されるような形で劇場へ向かってみた次第。

 

鑑賞前時点で持っていた手札(知っていた情報)を公開

・スリーズブーケの素顔のピクセルと残陽が良い
・みらくらぱーく!のマハラジャンボリーが楽しい(プリヤ・ピャール・サプナって何?)
・マハラジャンボリーII(ツー)がある
・DOLLCHESTRAはドルケストラって読む
・金沢が聖地
・「🪷が~」って言ってる人たちはお花の話ではなく蓮ノ空の話をしている
・来栖りんさんがキャストにいる
・リアルタイム連動で学年が上がっていって卒業もあるらしい
・ストーリーや配信番組が多くて追うには気合が必要らしい

決闘(デュエル)開始——

 

劇中歌『ハナ咲けばユメ駆ける』が素晴らしかった

映画の序盤で披露された『ハナ咲けばユメ駆ける』が素晴らしくて、序盤から気持ちよく殴られたので、まず楽曲の話から。

Bloom Garden Partyの開幕にふさわしく、ブラスセクションが咲き乱れるようにスウィングする豪華絢爛なビッグバンド編成で、フェスティバル感、パーティー感が満載のワクワクする音楽だった。「君もじっとしていられないね」、その通りだよ、何でわかった?3分24秒しかないのが勿体ないと感じる、もっと長く聴いていたい。鑑賞後も何回も聴いている。

2コーラス目のEdel Noteのソロパートで雰囲気が変わるのも良い。セラス柳田リリエンフェルトさん(すごい名前だ)の歌声が萌えすぎる。

ライブシーンの映像も素晴らしくて、こちらも煌びやかな舞台装飾にバックダンサーまでいて華やかなステージ。キャラクターの動きや表情も可愛かったし、衣装も良かった。キャラクター毎に来ている色が違ってて、最初は学年で分けてるのかと思ったけど、ユニットで分けてるんですね。お嬢様学校だからなのか、落ち着いた気品のある配色だったのが印象的。肌の露出も殆ど無くて、アイドルアイドルしていないというか。

後半で流れた『光の中で花咲いて』も良かったけど、こちらはコンテクスト込みでより響くんだろうなという感じがした。歌詞を眺めてみても、まだそれの意味するところがしっかりとは分からないのがもどかしい。色々と拾い集めた後で、この曲と映画に戻って来れるようにしたいな。

劇場版かつ学園祭が舞台ということもあり、もっとライブシーンがあるのかと思っていたので、結果的に二曲だけだったのは少し物足りない気持ちはあった。各ユニットの新曲がワンコーラスだけでも流れたりしたら嬉しかった気もする。活動記録におけるBloom Garden Partyのエピソードを映画化したものらしいので、そっちとの兼ね合いもあるのかもしれないけど。

 

導入編として分かりやすかった

本当に前情報無しで観に行ったので多少不安はあったけど、初見でもちゃんと楽しめたというか、蓮ノ空の導入編として非常に分かりやすいものになっていたと思う。キャラクターの紹介はもちろん、所属ユニットの空気感であったり、蓮ノ空女学院の立ち位置など、親切なタイミングで情報が舞い込んできて分かりやすかった。蓮ノ空をほとんど知らない子と、逆に詳しい子という二人の視点で物語が進んでいくので、こちらも自然と感情移入できる。

この二人は劇場版にだけ登場する舞台装置というか、いわゆる案内役的なキャラクターかと思ってたけど、どうやら106期生として今後も本格的に活動していくようだ。映画が良かったので、活動記録など振り返ってチェックしていきたいなと思っているけど、彼女たちもまた、先輩たちの歩んできた歴史を後から知っていく立場になるのだろう。この映画が初めての蓮ノ空だと言う人は自分以外にも多くいると思うけど、劇場版をきっかけに履修を始めていくファンとしては、今後も心境を重ねやすいキャラクターになるのかなと思った。特に錦上マイカさんは、一番近しい視点になるのかもしれない。

思えば、劇中で日野下花帆さんが「私、今日で卒業なんだ……」と告げるシーンでも、自分の心情が錦上マイカさんに重なる部分があった。映画を通して日野下花帆さんがとても魅力的に描かれていて、この人の活動やパフォーマンスをもっと見てみたいな、と思い始めていたところだったので、そんな矢先に、彼女が三年生であり、このBloom Garden Partyが最後のステージになることが明かされるのは、胸がきゅっとなる感覚があった。え、俺はもう、日野下花帆さんのアイドル活動をリアルタイムで追いかけることは叶わないってことすか……?(絶望)

 

卒業とOG登場

卒業に関して言うと、103期生はBloom Garden Partyを最後に卒業ということだったが、過去に卒業した102期生の先輩たちがOGとして戻ってきて一緒にパフォーマンスをしたり再会を歓び合う展開は、純粋にエモくて良いなと思った。活動記録をリアルタイムで追い続けて、卒業していったメンバーを好きだった人にとっては、ご褒美のような展開だったのではないか。

アイドル文脈において「卒業」は「引退」とほぼイコールになっていて、若干触れづらいような意味合いを持つことが多い。しかし、蓮ノ空における卒業は、能動的にアイドルを辞めて別の道を選ぶということではなく、高校生活三年間を終えてクラブ活動を引退するという自然な節目という意味合いだと理解できる。

「卒業したメンバーがまた登場するのって、見てる側からすると気持ちの整理が難しいのでは?」みたいなことを最初は思ったけど、上段のように考えるとOGとして再び集うことにも特に違和感はないと思った。もちろん去った側にとっても、残された側にとっても、見守る側にとっても、卒業は簡単に割り切れるものではなく、大きな区切りであることに変わりはないのだろうけれど。

 

スクールアイドルらしさ

映画全体からは蓮ノ空の「学生クラブらしさ」みたいなものが感じられた。「ラブライブらしさ」、「スクールアイドルらしさ」と言い換えられるのかもしれない。日野下花帆花帆さんたちがプロフェッショナル然として振る舞ったり、自己のイメージ戦略を徹底しているような雰囲気は感じは受けなかった。カリスマ的な人気こそあれど、学内を普通に歩いているし、一学生として平等な感じがする。

後夜祭のステージ直前の円陣は、観客の見ている前で行われていた。少し気になる点ではあったけど、彼女たちは神格化されたアイドルではなく、あくまでも等身大のスクールアイドルクラブの女子生徒たち……という見せ方だったのかもと思った。

彼女たちはプロのアイドルではないし、偶像としてのイメージや、完璧に作り込まれたステージを商品にしている訳ではない。アイドルが楽しくて、アイドルをやって花咲きたいというのが原動力で、要するに、どうしようもないほどに、アイドルが手段ではなく目的なのだろうと思う。観客の前で涙ながらに円陣を組んでいたって何も問題ないのだと、勝手に整理して納得した。(μ'sのファイナルライブの『僕光』のラストでも花型のステージ上で円陣組んでたよなあ……と思ったけど意識してたりするのだろうか)

もちろん優劣の話ではなく、それぞれのコンテンツの個性の違いなのだけれど、他の作品と比べると、蓮ノ空は良い意味で素人っぽく、学生クラブの延長線上にある空気を大切にしているように感じた。日野下花帆さんの冒頭での「全員が主役、裏方はいない」みたいなニュアンスの言葉(うろ覚え)や、「みんなで花咲こう」というスタンスも、ラブライブシリーズが掲げていた「みんなで叶える物語」という理念と重なって見える。

 

蓮ノ沼への誘い

「導入編として良かった」という風に上で書いたものの、卒業周りやOGの登場を筆頭に、これまでに積み重ねられた重厚なコンテクストを感じさせる描写が随所に盛り込まれていて、決して新規層だけに向けた映画ではないことは感じられた。

というかむしろ、新規層に親切な設計としておきながら、コンテンツの中でもセンシティブな領域に該当するであろう卒業や継承の部分が描かれていて、これは改めて考えてみると諸刃の剣というか、随分と凶悪かつリスキーな導線設計だったのではないかと思う。匂わせられる過去の物語にはどうしたって興味を惹かれざるを得ない反面、部外者としての気まずさも大きくなる。

百生吟子さんが、乙宗梢さんと比べて日野下花帆さんと過ごした年月が少ないことを嘆くシーンがあったけど、一緒にアイドル活動をして同じ時を過ごしたであろう彼女ですら、一年間という時間の差に引け目を感じているのだ。物見遊山では到底踏み込むことが出来ない聖域というか、境界の向こう側に広がる沼の奥深さの片鱗がそこには垣間見えた気がした。リアルタイム性を重要視しているコンテンツだからこそ、時間の断絶が持つ意味合いは大きくて、過去を覗き込む際はそれなりの姿勢や覚悟が求められているような感じを受けた。

そう考えると、初見のオタクに優しいように思えて、実は初見のオタクを突き放しかねないこともやっていたのかもしれない。あるいは、それでも沼に引きずり込めるという自信と勝算があったのか。見事に引きずり込まれそうになっている自分には冷静な判断が出来ないのだけど。

桂城泉さんの台詞だったか、「蓮ノ空を知ったら変わってしまうよ」というニュアンスの言葉も印象的だった。マイカに対して向けられた言葉であると同時に、映画館で鑑賞している新規層に向けられたメッセージであったようにも聞こえてくるから恐ろしいものだ。


まとまりはないけど、そんな訳で雑感でした。

とりあえずこれまでの活動記録のストーリーは読んで(見て)いきたいと思っていて、103期の序盤を少し読み始めている。これを読んでいると日野下花帆さんの印象が映画と結構違っていて、初期は破天荒で変な子というか、危なっかしくて手のかかる後輩だという印象が強い。劇場版で三年生になっていた日野下花帆さんは別人のように見えたので、どんな変化や成長があったのか、乙宗梢さんとはどんな出来事を共にしていくのか気になるところ。

リアルタイムで追えなかったのを惜しく思う気持ちはあるけど、Bloom Garden Partyを始点というか到達点にして、そこに至るまでの過程や変遷を楽しむというのも、アリと言えばアリなのかもしれない。追い付けたら改めて劇場版を観たいな。その時はまた今とは違うことを感じることが出来るだろうか。