第22回電撃大賞に応募した話

ライトノベル新人賞の中でも国内最大規模の、第22回電撃大賞に、今日応募してきました。4月10日〆切のもの。

 

応募用封筒を郵便局に持っていったのは今思い返すとかなり高難度クエストだったような気がする。裏面に作品名とか書いてたよ…。郵便局で働いてる人からすれば頻繁に目にするものなのかな。

原稿は129枚(=258ページ)で、文字数は125,000字くらい。思春期とか夏とか記憶障害とかそういうボーイミーツガールな話。どういう話だ。伝える努力が見られない。

 

電撃大賞は年に一回募集していて、実を言うと本当は1年前のやつに応募したかった。一発で良い所まで行こうというのはかなり難しい話で、一度現実を見てから今回のやつに挑戦……という計算だったんだけど、まあ筆が遅くて無理だったな。学生のうちに応募出来る最後のチャンスが今回でした。

 

小説を書くというのは大学一年生の頃から本格的にやるようになって、授業の空き時間は図書館のパソコンでワードとにらめっこしてるような時期もあった。けど、サークルが忙しいとか(実際忙しかった)、それが終わったと思ったら次は就職活動がしんどかった(実際しんどかった)とか、本腰を入れられない時期が続いていた。もちろん言い訳でしかないし、空いている時間を有効に使えばもっと書けただろう。

新人賞を意識するようになったのも一年生の頃からで、在学中にデビューしてやろうみたいなことも思ってたはずなんだけど、長編を書き上げるというのは俺が思ってる以上に大変な作業で、結局応募すら出来ないままここまで来てしまった。短編は書けても、長編は別の世界だった。

結局、学生最後の機会で、初応募をぶつけることになってしまった訳で、若干記念受験的な気持ちがあることは否めない。勿論、自信作を書いて送ってはいるんだけどね。ラノベラノベしてない作品なので、想定してるのは電撃大賞というよりは、同選考の中のメディアワークス文庫大賞かな。良い所まで行きたいものだ。二次審査にいければ選評が貰えるらしいので、そこまで行きたいな。

 

まあ何にしても、応募出来たということが一番嬉しい。結果はまだわからないし、一次落ちもあるだろうけど、四年間目指してた場所に踏み込めたというだけでも感慨深いものがある。行動してよかった。

今日送ったのでまだ誰も読んでないんだろうけど、誰かが審査をしてくれるのだと思うと嬉しい反面緊張するし、あとは普通に怖い。

音楽のコンサートみたいな実演芸術には、演者にもそれ特有の怖さがあると思う。大勢の前で実力を発揮するのは難しいし、緊張もするだろう。

ただ小説とか漫画にもまた違う怖さがある。特に小説はみんなで一斉に鑑賞するっていうのが無い(朗読とかはそうなのかも)から、読む人が読むのをやめればそこでもう終わってしまう。良くも悪くも一対一で向き合ってもらう形になるので、やっぱりそれは嬉しいことなんだけど怖い面もある。

実演じゃないからいつどこで鑑賞してるのかがわからないし、会場の雰囲気とかっていうのも無い。これもある意味では救いだけど、スベってるならスベってると感じ取れる方がまだ安心する。間違ってるのに、間違ってることに気付けないままずっと進んでそうっていうのが一番怖い。身近な人に読んでもらって、他人の目というか客観的な視点を意識するのが大事なんだろうな。

あとは、完成させて手放したら、もう何も出来ないというのもむず痒い。

 

不安な面、楽しみな面とあるけど、とりあえず大物を倒したのですっきりしたかもしれない。在学中に送ることが出来て良かった。ちょっと休んだら書きかけの作品もしっかりと書き上げたい。

4月からは労働者なので、とりあえずはそっちでヒイヒイ言うだろうけど、余裕があれば第23回にも挑戦したいところ。ハンター試験のプロみたいな感じで新人賞応募の常連を目指そう。毎年自信作をぶつけられるような、良いサイクルを身に付けたい。こちとらプロットはあるんだよ、プロットは。プロットの持ち腐れだよ、プロットの持ち腐れ

 

日記じゃないと終わらせ方がわからないぞ…