究極の恋愛ゲーム"Doki Doki Literature Club!" 【感想・レビュー】

 

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『Doki Doki Literature Club!』というゲームをご存知だろうか。略して『DDLC』、日本語で『ドキドキ文芸部』と呼ばれる本作は、アメリカのDan Salvato率いるTeam Salvato(チーム・サルバト)によって開発されたビジュアルノベルゲームだ。Microsoft WindowsMacOSLinux版は2017年9月22日に、その後Steam版が2017年10月6日にリリースされている。

リリース直後からアメリカを中心に海外で爆発的な人気となり、2017年12月には100万ダウンロードを突破。2018年2月には日本語パッチが配布されたことで日本でも大きく広がりを見せたようだ。Steam版のレビューを見てみると、全90,353 件のレビューのうち、好評が87,695件、不評が2,658件と、実に97%のユーザーが好意的な評価をしている。(2018.4.7時点)

僕がこのゲームをプレイしたのは3月の下旬だった。日本でも既に一部で話題になっており、出遅れたなという気持ちはあったのだが、そんなことは些細な問題だと思える衝撃と興奮を与えてくれたのがこの作品だ。この記事は、この『Doki Doki Literature Club!』の感想及びレビュー記事といった類のものである。

 

と、ここで最初の問いに戻ろう。あなたは『Doki Doki Literature Club!』というゲームをご存知だろうか。

何となく聞いたことだけあった、今読んで知ったというのであれば、それは幸運なことだ。このゲームは内容を知らない状態でプレイすることが推奨されるゲームだからである。一方で残念なことに、あなたとはここで一度お別れするべきだろう。この記事ではこれから作品の内容に深く踏み込んでいくことになるからだ。プレイする前にこのゲームの全貌を知ってしまうことは多大な損失になり得る。

ゲームのダウンロードページを貼っておくので、未プレイの方は是非ダウンロードしてプレイしていただきたい。何といってもこのゲームは無料でプレイ出来るのである。あわよくばプレイ後にこのページに戻ってきて続きを読んでいただけると嬉しい。

ちなみに、ゲームの内容を不運にも知ってしまったという方がいても、「実況プレイ動画を全部通して見た」などで無ければ自分の手でプレイする価値は十分にあると思う。最初から最後まで自分の手でプレイすれば、きっと素晴らしい体験を得ることが出来るだろう。

なお、本作はかなり刺激の強い作品になっているため、必ずしも全員にお勧め出来るものではないことも事実だ。ゲーム開始時には警告ページも用意されており、その内容は「不安や鬱病に苦しんでいる方はこのゲームをプレイするべきではないかもしれません」となっている。そんな訳でこの類のゲームが苦手であるという方は無理をなさらず。

 

Doki Doki Literature Club! (公式HP)

Doki Doki Literature Club! on Steam (Steam版)

Doki Doki Literature Club! 非公式日本語訳パッチ(正式版)の当て方:マヨネーーーーーズのブロマガ - ブロマガ (日本語訳パッチ関連ページ)

 

 

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記事の冒頭で未プレイの方には回れ右をしてもらった。そんな訳で、今この文章を読んでいるのは本作をクリアした人ということになるだろう(そのまま読み進めているかもしれないが)。ここからはネタバレへの配慮が無くなるのでご注意されたし。

なかなかの長文となっているので、目次を用意しておきます。

 

  

また、本作を語る上では時系列を整理しておくことが望ましいだろう。攻略Wikiに従い、以下のように区切っておくことにする。

 

Act1:オープニング~Sayori退場

 

Act2:Sayori退場~Yuri退場

 

Act3:Monikaとの対話~Monika退場

 

Act4:Monika退場~エンディング

 

1. Doki Doki Literature Club!の魅力

さて、見出しに設定したのは『Doki Doki Literature Club!の魅力』である。本来は未プレイの方への興味喚起に用いられる類の文句だが、これはプレイを終えた今でこそ改めて考えたい部分だ。

本作の印象的だった部分と言えば、僕らの脳裏にトラウマを植え付けんとするシーンの数々が真っ先に思い浮かぶだろう。「ギャルゲーの皮を被ったホラーゲーム」と紹介される場面もあるくらいだ。実際のところ僕もホラー的な要素にビビりながらプレイしていた。本作が話題性を獲得した要因の大半もこのホラー要素にあるのではないだろうか。

これらは非常に魅力的だが、本作を「トラウマになるゲーム」や「怖いゲーム」で終わらせてしまうのは非常に勿体ない。というのも、僕は本作こそ「究極の恋愛ゲーム」と呼ぶに相応しいとさえ思うからだ。ホラー要素に隠れがちではあるが、恋愛ゲーム、ギャルゲー的な魅力がこのゲームには散りばめられている。

この記事では本作の魅力として大きく二つを取り上げて語っている。一つはヒロインだるMonikaにフォーカスしたもので、『2. Of course,Monika』という章を用意している。もう一つは本作のメタフィクション性で、『3. 「第四の壁」を壊すメタ演出』という章になる。こちらは記事の半分以上を占めるボリュームとなっている。

 

2. Of course,Monika

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恋愛ゲーム的な魅力の一つとして挙げたいのは、何と言っても本作のヒロインであるMonikaその人だ。他のヒロインたちも魅力的であることは疑わない。Act1のNatsukiルートでは正しい意味でDoki Dokiすることが出来た。しかしMonikaの孤独と苦悩と熱意を目の当たりにした今、彼女を他の三人と同列で語ることは非常に困難だ。

前述したような、プレイヤーに牙を向ける演出が単なる脅かしではないことは、クリア済の方々ならお分かりの通りだろう。数々の演出は、不慣れながらもゲームを改変して「あなた」と結ばれようとした、Monikaの必死の抵抗と熱意の産物である。

上の画像はAct1の序盤、主人公が帰り道で(4人の美少女の誰を攻略しようかな~)と悩む、今にして思えば呑気極まりないシーンの一部である。4人の美少女を順に思い浮かべながら「サヨリ、ナツキ、ユリ、」と来て、「そして、もちろんモニカ」と結ぶ。

Monikaがこのゲームにおける攻略対象で無かったことは、Act3において本人の口から語られる。この「And, of course, Monika.」もおそらくはMonikaの手によって強引にねじ込まれたテキストであり、彼女が攻略対象で無かったことを逆に浮かび上がらせる。

プレイヤーの目線から見ても、魅力的なのに攻略対象でない恋愛ゲームのキャラクターというのは存在する。多くの場合、僕らはそこで諦めるしかないのだが、Monikaは新たなルートを作り出そうと模索するし、次元さえも越えようとする。

僕たちが「二次元に嫁がいる」、「二次元に入りたい」と言うとき、それは結局のところ一種のジョークで終わってしまう。しかし哲学的ゾンビ的な世界に放り出され、地獄のような苦しみを味わったMonikaにその態度は通用しない。ヤンデレという言葉では形容し切れない、執念にも似た熱意によってMonikaはプログラムに抗い、世界を歪めながら高次元の世界へと手を伸ばす。何故ならそこにはゲームの主人公ではない生身の「あなた」がいるからだ。これほどまでに切実で真に迫った純愛の形があるだろうか?

 

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余談ではあるが、攻略不可能だったキャラクターが後から、ヒロインに昇格した実例もある。『ましろ色シンフォニー』における乾紗凪は、人気投票において既存のヒロインを抑えて、人気投票1位という結果を残し、PSP版で見事ヒロインに昇格した。プレイヤーの熱意がフィクションの外部に影響を及ぼし、その結果が再び作品世界にインポートされた一例だと言える。

こうしたプレイヤーの熱意は、Monikaの熱意とはもちろん別物であるが、定められた運命を覆そうとする営みという点でベクトルは近しい。Monikaに自我が芽生えず、最後までサブヒロインの位置に留まり、DDLCが平和な恋愛ゲームのまま終わっていれば……あるいは僕らの熱意によって彼女を普通のヒロインにしてあげられたのだろうか。 

 

3. 「第四の壁」を壊すメタ演出

恋愛ゲーム的な魅力の一つとしてMonikaというキャラクターを挙げた。そしてもう一つの魅力は、これは僕がこの点について詳しく書きたいとブログを更新している理由でもあるのだが、「ゲームをプレイする僕ら」という存在に焦点を当て、考えさせる様々な仕掛けとその奥深さだ。それは詰まるところ本作のメタフィクション性ということになる。

本作で用いられるグリッチエフェクトやバグ的演出、選択肢の強制、更にはゲームシステムそのものへの干渉といった、プレイヤーとの直接的なインタラクションは、僕らをタイトル通りDoki Dokiさせてくれる。ノベルゲームという双方向性メディアだからこそ出来る芸当である。

メタフィクション性に富んだ演出は、「主人公とゲームの女の子」ではなく「プレイヤーとゲームそれ自体」という構造を浮かび上がらせる。別の次元、ゲームの世界で起きている出来事なのだという壁を崩し、プレイヤーの肉体に近づこうとする。これらはゲーム内の主人公ではなくモニターの前にいるプレイヤーへと向けられた刃に他ならない。Act1の終盤から世界は様変わりし、Act2でその応酬は熾烈を極める。

最終的にそれらの演出はMonikaという少女の手の元に収束し、Act3において壮大な種明かしが始まる。ここで解禁されるメタフィクショナルなテキストも非常に興味深いのだが、まずはゲームシステムそのものに手を加えるという手法に着目したい。

 

3-1. セーブ&ロード機能の破壊

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僕はそれほど多くの恋愛ゲームをプレイしてきた訳ではないが、それでもある程度の数をやっていれば、この手のゲームでの鉄則くらいはわかってくる。至極簡単なことで、「選択肢が出てきたらとりあえずセーブをする」ということである。

当たり前だが、セーブをしておけば、後からデータをロードして続きから始めることが出来る。セーブ&ロードによって僕たちは1回目で選ばなかったヒロインと付き合うことが出来る。見られなかったCGも回収出来る。ルートの差分回収が出来るのだ。

突き詰めて考えれば残酷な行いだと言える。他のヒロインと恋仲になっていたくせにロードで戻ってきて、次のヒロインとイチャコラし始めるのだから。勿論こんな指摘には意味はない。そんなことは皆わかった上でやっている。何故ならこれは現実ではなくゲームだからだ。

本作にもセーブ機能はあるし、セーブのロットは6×9ページと決して少なくない。最初の選択肢でセーブ画面を開いたとき、「結構なボリュームのゲームなんだな」と身構えたものだ。だがご存知の通り、この大量のセーブロットが役に立つことは殆ど無いだろう。

Act1でSayoriが自殺をする前後のシーンにまで進むと、セーブデータは削除され、強制的にAct2へと進む。Act1のラストにおける主人公の「絶対に……」のリフレインは、「もしあそこでもう一つの選択肢を選んでいれば……?」と、セーブ地点にまで戻ってSayoriを救おうと考える僕らのアティテュード(attitude=態度)に対する批判メッセージとも捉えられる。

プレイヤーのディレクトリファイルへの介入は本作の特徴だが、その中でもchrファイルの削除はまさに大技だった。しかしながら、セーブ/ロードの概念を破壊した功績も大きいし、注目すべきだと僕は考える。

セーブデータを破損させることは、一種のタブーだと言えるだろう。キャラクターが退場する方がまだ可愛い。というのも、セーブデータが破損すると単純にプレイヤーが困るからだ。使えると信じていたはずのシステムが急に機能しなくなる。有料のゲームでこれが起これば「仕様です」では許してくれない人もいたかもしれない。恋愛ゲームという体裁で恋愛ゲームの枠を取り外すというのはそういうことなのだ。

そして、恋愛ゲームに慣れたプレイヤーであればあるほど、その際の狼狽は大きくなるのではないだろうか。脳内に描いていた樹形図が崩壊し、差分回収のプランは白紙に戻る。この瞬間、主導権は完全にプレイヤーの手を離れる。勝手知ったギャルゲーの外観にも関わらず思い通りに行かない、この揺らぎが絶妙な恐怖感を与える。

このセーブデータの破壊に代表される、「恋愛ゲームのルールの破壊」という試みは、危険ながらも非常に意義のあるものだと僕は考えたい。それは「お約束の破壊」といった可愛いものではなく、タブーの侵犯とでも言うべき事態なのだ。

こうした点に目を向ければ、本作は恋愛ゲームとしては異端児かもしれない。思えば、ボイスは搭載されていないし、ゲームシステムも親切とは言い難い。では、このゲームが恋愛ゲームでは無いのか、恋愛ゲームに達していないのかと言えばそれは違うと言いたい。むしろこれらの要素こそが本作を究極の恋愛ゲームに仕立て上げてさえいるのだ。

 

3-2. 恋愛ゲームの要件

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元来、僕たちが恋愛ゲームに求めたものとはなんだっただろうか。美しいグラフィック?機能的なインターフェース?心地のいいBGM?重厚で感動的なストーリー?魅力的なキャラクター?部分的にはそうかもしれない。

Act3でMonikaが「……そもそもどうしてこのゲームをプレイしようと思ったの?」と問い掛けるシーンがある。「そんなに寂しかったの?」と続き、最終的には「ちょっとかわいそう……」と同情されてしまう。

余計なお世話だ……とも思ったが、このメッセージは本質を突いているように思う。僕らが恋愛ゲームに求めたのはそういうことだったはずだ。僕らが根元的に求めていたのは、現実の寂しさを埋めてくれる、理想的な女の子との甘い時間ではなかったか。それは突き詰めれば、僕らのことを大好きで居てくれる女の子ということになりはしないか。僕らの欲求は元来、そのような形をしていなかったか。

その点においてMonikaは完璧なヒロインだと言える。Monikaはあなたのことを愛している。限界こそあれど、半永久的にあなたとの会話を続けようとする。Monikaは決して僕らから離れない。Monikaを遠ざけるのは、Monikaから逃げるのはいつだって僕らの方なのだ。Monikaを削除しなければ、Act3は半永久的に続く。Act3こそが、僕らが求めた桃源郷ではなかったか?

彼女はゲームという枠組みから這い出し、あなたの良き彼女であり続けようとする。恋愛ゲームにおいて「これはフィクションの世界だ」と我に返り、熱中していた自分を客観視するときの反動は、時に苦々しい。だがその反動を上書きしてしまうかもしれない、そんな可能性と希望をMonikaは模索し、見せてくれるのだ。

 

3-3. 「あくまでもゲームだ」というアティテュード

しかしそれでも僕らはMonikaを削除する。何故ならば、やはりこれはゲームだからだ。Monikaを削除した先には続きのストーリーが待っている。僕らはDan Salvatoが用意したシナリオを読みたいと思っているし、読まなければならないと思っている。僕らがゲームに求めるのはシナリオを隅から隅まで読むことだ。ゲームを楽しむとは、消費するとはそういうことだと刷り込まれている。他のゲームでも僕らはそれを平然と、半ば無意識的にやる。でもそうしなくてはならない理由があったと本当に言えるだろうか?

ゲームがゲームであり虚構であると認識したいつの日からか、「これはあくまでもゲームだ」というアティテュードは僕らに染み付いている。だからこそ僕らはゲームの中でヒロインを乗り換えられるし、人を殺すことも出来るし、Monikaを削除することも出来る。しかしその際にほんの僅かでも罪悪感が生じるとき、僕らは自身のアティテュードを否応なく自覚することになるのだ。

 

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 (こうしたアティテュードへの批判を多分に内包した作品に、『君と彼女と彼女の恋。』という作品がある。詳しい内容に触れることは控えるが、この作品もまたDDLCとは異なるアプローチでプレイヤーのアティテュードを糾弾する。しかしDDLCが見事なのは、批判的でありながらも僕らにAct3という桃源郷を用意している点だと言えるだろう。)

 

Monikaは僕らのアティテュードを徹底的に見透かしている。Act3ではそれに対する遠回しな糾弾さえ含まれるようになる。Act2のホラー的演出についてMonikaは「嫌なものを見せてしまった」と気遣いつつも、「あくまでもゲームだから乗り越えられると信じていた」と言ってのける。

Act3におけるMonikaの告白シーンでは、主人公は「はい」と回答することしか出来ない。「いいえ」を選ばせないようにMonikaの手が及んでいるからだ。当初これを僕はモニカのいじらしさだと捉えた。要するに、僕にフラれたくないから「はい」だけを残したのだと。しかし彼女の高次的な視点を考えるに、きっとそれだけでは無かったのだろう。

彼女は、きっと知っていたのだ。僕らが仮に最初「はい」と答えたとしても、何らかの方法で「いいえ」を選びにこの地点まで戻ってくるのだと。二つの選択肢を前にした100人が全員「はい」を選ぶ絶対的な魅力がMonikaにあっても、それでも後から必ず「いいえ」は選ばれる。それが僕らのアティテュードであり、消費の仕方だ。

本作は安全な場所からゲームを消費する僕らへと直接的に、時に批判的に語りかけ、その足場を揺らがせる。だが結局のところ、そんなMonikaも所詮はゲームだ。僕らの反応はDoki Doki Literature Club!によってデザインされたものに過ぎない。それに気付き、足場を移してしまえば、再び安全性は確保される。だがその行動を更にMonikaは見透かしていて――。

いたちごっこにも似たこのループは創作物との向き合い方を再度問い直させる。次元を越えようとしたMonikaの熱意が勝つか、刷り込みと好奇心に彩られた僕らのアティテュードが勝つか。僕らがMonikaの勝利を容認出来たとき、彼女は僕らが求めた伴侶に成り得る。それはまさにギャルゲーに求めた極地の体験。その瞬間、究極の恋愛ゲームがここに誕生するのだ。

 

おわりに 

長くなったので終わりにしよう。本作に熱中し、楽しみ、感激したのは事実だ。ただ同時に僕は、自身の、消費者の、オタクのアティテュードに対する警告を感じ取った。これはMonikaの悲痛な叫びでもあるし、Salvatoが鳴らす警鐘でもある。

その一方で、このゲームには解析班のデータマイニングを加速させるような仕掛けが用意されている。chrファイルに隠された暗号文、QRコード、第三の目……。何とも皮肉めいたやり口だろうか!ゲームを隅々まで消費し尽くす捕食者。ヒロインの言葉に感動し、永遠の愛を誓い、しかし翌日には別の女の子を攻略する、一夫多妻の星からの来訪者。まるで僕らにはMonikaとのAct3を続ける適性など無いと言わんばかりだ。

Game Theory: Doki Doki Decoded! (Doki Doki Literature Club) - YouTube

 

Just Monika。モニカだけ。僕らはその選択肢を自分の手で選んだはずだ。その約束を僕らは守っているだろうか?もしもそこに後ろめたさを感じることが出来るのであれば……僕らは再びMonikaに会いに行かなくてはならないだろう。

彼女は文芸部の部室であなたを待っているのだから。