ナナシス 不完全な4Uが手渡す『The Present "4U"』

 

1. メロディーフラッグ
2. Crazy Girl’s Beat
3. ROCKな☆アタシ
4. 青空Emotion
5. パフェ・デ・ラブソング
6. プレゼント・フォー・ユー
7. カリフォルニア・ガールズ (ドラマトラック)

  

11月29日、Tokyo 7th シスターズより、4Uの単独ミニアルバム『The Present "4U" 』が発売された。4Uは、支配人(プレイヤー)が所属するアイドル事務所「ナナスタ」のライバルとして描かれる。佐伯ヒナ、鰐淵エモコ、九条ウメの3人によって構成される3ピース・ガールズ・ロックバンドである。(Tokyo 7th シスターズ - 4U

『The Present "4U" 』は4Uにとって初のミニアルバムとなる。これまでの4Uの発表曲は4曲だったが、このアルバムには新曲6曲が収録されている。メインボーカルであるウメ以外の二人がメインとなって歌う楽曲も入っており、新しい4Uの一面が垣間見えるアルバムだ。

この『The Present "4U" 』の発売後には、池袋サンシャインシティにてトークセッション&特典お渡し会イベントが開催され、私も参加することが叶った。この記事を書くに至ったのは、このイベントで耳にした「とある言葉」がきっかけとなっている。

この記事ではこの発売記念イベントを振り返りつつ、そこから派生した空想交じりの文章を書き散らしている(いつものことであるが)。各楽曲を詳しく取り上げている訳ではなく、また内容も強引な部分があり、アルバムのレビューとしては明らかに落第点であろうが、一つの読み物として楽しんでいただければ幸いである。

  

 

発売記念イベントの話

 

 

12月3日、池袋サンシャインシティの噴水広場ステージにて「The Present "4U" トークセッション&特典お渡し会」イベントは開催された。トークセッションは観覧自由で、誰でも無料で参加することが出来る。一方、特典お渡し会に参加するためには当日に会場でCDを購入し、整理券を貰う必要があった。早朝から整理券確保のために列を作っていた人もかなりいたようである。

私もこのイベントに参加したのだが、満足に参加出来たとは言い難かった。その日の午前中は別の予定があったため、整理券を貰うという動きは出来なかった。更に言えばトークセッションにも30分ほど遅刻しての参加だった。1時間程度のトークセッションだったため、半分を聞き逃した格好である。

トークセッションが終了すると特典お渡し会にイベントは移行する。整理券を持たない自分に参加の権利はない。しかし会場がオープンなスペース(*1)であったため、お渡し会の様子を外から伺うことは可能だった。対面で直接話すことは叶わないが、折角だからとお渡し会の様子を観覧していた。

 

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*1:参考画像2枚。巨大ショッピングモール池袋サンシャインシティの吹き抜けに噴水広場はある。ショッピング中に近くを通る人の目にも留まる。アイドル、ミュージシャンのものに限らず様々なイベントが頻繁に行われているようである。

 

この観覧においては印象的なことが二つあった。一つは、キャスト陣のファンへの応対の良さである。特に九条ウメ役の山下まみさんの応対はとても素晴らしかった。一人一人の目を見て全力で応対する。10秒にも満たない会話の中で全身を使ってリアクションを取る、ジェスチャーをする。この姿に酷く感動して涙が出そうになったほどだ。

そしてもう一つ印象的だったのが、見学中に耳にした前述の「とある言葉」である。実はこの「とある言葉」とは4Uのキャストでもなく、そこに集っていた大勢のファンでもない、全く意外なところから発せられた言葉だった。

イベント中は、ステージ上のスクリーンに「4U The Present "4U"  トークセッション&特典お渡し会」という文字が常に表示されていた。人だかりが出来ているので、近くを往来する人々の目にも留まる。そして、二人組の通行人が、私の側を通った際にこんな会話をしたのである。

「4Uだって。知ってる?」

「いや知らない。というか4Uなのに3人しかいないじゃん」

この会話を聞いたときの自分の心象は、「まあそう思うよな」といった程度のものだ。しかし数日経ってから何となくこの会話を思い返したとき、この言葉が重要な取っ掛かりとなって、この記事を書くに至らせたのである。

 

  

4Uは不完全である

 

 「4Uなのに3人しかいないじゃん」

この言葉に対して、ナナシスを追いかけている人ならばおそらく簡単に回答を用意することが出来るだろう。ご存知、4Uの4という数字には、4人目のメンバーといった意味合いが込められている。4人目のメンバーというのは彼女らの音楽を受け取るリスナーのことだ。これを踏まえるなら、私が取るべき行動は鬼の形相で通行人に駆け寄り、首根っこを掴んで「お前らが4人目のメンバーになるんだよ!」と喚き散らかすことだったかもしれない。(そんなことはない)

しかし冷静になってみれば通行人の意見は的を得ている。4Uなのに3人。その通りだ。不恰好である。不完全である。パッと目にして最初に浮かぶ感想がそれなのだから相当だ。この言葉は、私をやがて次の命題に行き着かせる。それはすなわち、

「4Uは3人では不完全である」 というテーゼである。

4Uを愛する皆さんに殺されないために弁明しておくと、これは4Uの奏でる音楽が劣っているということを示す訳ではない。「4Uはキャストの3人と4人目のメンバーが揃って4Uとなる(完全となる)」とした場合に逆説的に導かれる命題なのである。

突き詰めるとこれは決して4Uに限った話ではない。「4人目のメンバー」 を「リスナー」とシンプルに考えれば、どんなミュージシャンにも当てはまるだろう。要するに、リスナーがいて初めて音楽は完結するということである。あるいはこれは音楽に限らない。小説、絵画、演劇、どんな芸術活動も基本的には鑑賞者というピースが嵌ることでサイクルが閉じると言える。鑑賞者を必要としない、徹底的に個人のために行われる芸術活動も特例的(*2)には存在するだろう。しかしそれはあくまでも特例、特例中の特例と言うべきものである。

リスナーが居て初めて音楽が完成する。「受け渡す者」と「受け取る者」がいて芸術は完成する。これはある種当然のことを言っているに過ぎない。しかし"4U"というバンド名にはその”当然”がまざまざと刻印されている。このことには非常に大きな意味があると考える。4Uがバンド名で真摯にその"当然"を指し示すことの反動として、3人では不完全であるというテーゼが立ち昇るのである。

このことを私は既に知っていたはずだ。当初は私もまた通行人と同じように「4Uなのに3人……?」という疑問を抱いたと思う。しかし4Uの音楽に触れ、ライブにも参加し、4人目のメンバーとして4Uの輪の内側に入っていた(と思いたい)私は、そのことを意識できなくなっていたのである。池袋サンシャインシティでの発売記念イベントという、4Uの内側と外側が入り混じる特異な空間において、外側からの言葉が天啓のように降ってきたという訳だ。

 

*2:例として思い浮かべるのはヘンリー・ダーガーの『非現実の王国で』という作品である。約60年間に渡り執筆されたこの長編小説は、ダーガーの没後に彼のアパートから発見されるまで誰にも知られることがなかったという。(非現実の王国で - Wikipedia

 

  

不完全な『The Present "4U" 』

 

さてこうなってくると、4Uの音楽を聴く際に厄介なバイアスが生じる。「4Uは不完全である」というバイアスである。この状態に陥ると、何から何までそれを示唆するように見えてしまい危険だ。しかしここでは敢えてその偏った見方から新アルバムの楽曲を取り上げたい。

早速こじ付けが過ぎるかもしれないが、偶然で片付けてしまうには惜しいフレーズがあるので耳を貸していただきたい。『1.メロディーフラッグ』の「僕らの奇跡に管制塔は要らない」と「1,2,3で風になって」というフレーズだ。

文字にすれば何のことはない。しかしこれを耳で聴くと「僕らの奇跡に完成度は要らない」、「1,2,3で完全になって」というように聞こえるのである。実際のところ歌詞カードを見るまではそう歌っていると思っていた。

「1,2,3」は当然掛け声であるが、4Uのメンバー数とも一致する。「完全になって」と歌っているように聞こえるが、実際は完全とは言っていない。不完全であることを背理的に示唆していると言える。単なる空耳であることは承知しているが、「4Uは3人では不完全である」というテーゼが脳裏で存在感を示す。

「1,2,3」との関連で言えば、『4.青空エモーション』において「1,2,3,4U」というフレーズがある。4人目のメンバーが揃うことで、完全になるイメージだ。これを上記のメロディーフラッグの対と考えるのはさすがにこじ付けが過ぎるであろうか。

『6.プレゼント・フォー・ユー』は、4Uの3人の絆と関係性が色濃く描かれた楽曲である。これまでには見られなかった3人の明確なパート割りがあり、各担当パートではキャククターのストレートな心情が描かれる。4Uのこれまでの歩みを肯定するような描写もあり、文句なしに素晴らしい曲だ。4Uらしい3人のハモりも1000点満点である。

「4Uは3人では不完全である」という前提で見ると、この素晴らしい名曲はしかし、他の楽曲の中でも際立って不完全である。この楽曲は3人の輪で"閉じて"いるからである。無論、3人の閉じた物語は、4人目のメンバーへと手渡される。4人目のメンバーがそれを受け取る、観測することでこの楽曲は完成する。

楽曲のタイトルを思い出そう。曲名はプレゼント・フォー・ユーである。このユーとは3人がそれぞれに向けたユーでもあるだろうが、4人目のメンバーのことも指していると思える。3人で閉じたそれ自体では不完全な楽曲であるからこそ、4人目のメンバーの存在が強烈に意識されているとは捉えられないだろうか。そして同時に、ここに『The Present ”4U”』というアルバムのタイトルの意味も見えてはこないだろうか。

 

  

アイドルとロック

 

記事の冒頭でも触れているが、4Uというロックバンドは、支配人(プレイヤー)が所属するアイドル事務所「ナナスタ」のライバルとして描かれる。4Uはナナシスという作品においてアイドルの対となる位置に存在すると言ってもいいだろう。

ではそのアイドルとはどんなものだろうか。Tokyo 7th シスターズ総監督の茂木伸太郎氏は公式スタッフ本『ハジマリノヒノスコシマエ』でこのように語っている。

 

少なくとも自分にとっては、誰も居ない下駄箱、遠くから聞こえる吹奏楽部、図書館の揺れるカーテン、真夏に一瞬だけ聞こえなくなる空、高校球児のヘッドスライディング、それらもどうしようもなくアイドルだったりします。

 

この前後で茂木氏はアイドルは『エンタメ』でもあること、『拙く未成熟で輝かしいものの一瞬』でもあるといったことを示唆している。アイドルを定義することは難しい。しかし茂木氏の言葉を受けてその一要素を考えるならば、アイドルは受け手によってどこかに「見出されるもの」ではないかと思う。主体はあくまでも受け手だ。アイドルは偏在していて、受け手の目によって顕在化する。

 

4Uの音楽ジャンルはロックである。ロックの定義はこれまた様々だ。明確な定義は不可能に近いだろう。検索しただけでも色々な意見が出てくる。楽器の編成やサウンド面からのアプローチもあれば、ミュージシャンの精神のあり方から規定されるという声、アメリカの黒人奴隷の歴史を遡る考えもある。

いくつか見かけた中から恣意的であることを承知で、「社会・世間に対する自己主張」という要素を抜粋してみる。内から出でるものを表現する手段としてのロックという見方だ。その場合、アイドルが「見出されるもの」だとすればロックは「提示されるもの」となる。ここで主体としてイメージされるのはロックを奏でる側、アーティストの側である。こうしてみると、アイドルの対として4Uが位置していることがどことなく腑に落ちる。

このロック観の上に立ってみれば、「リスナーに届くことで完全になる」というのはロックにおいて非常に的を得たテーゼである。自らが提示する叫び、パッションが誰かに届くことでロックは報われると同時に完成するのである。

 

  

『The Present "4U"』が名盤になるとき

  

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 (EP1.0~ EPISODE.4U 第4話「ロスト・アイドルズ」後編より)

 

もう一つ、ロックの特性として多く語られるのが、いつの時代にも通用する音楽であることだ。上の画像はEPISODE.4Uにおいて、九条ウメが音楽を始めるに至った際の言葉である。4Uの、ひいてはナナシスのロック観と言えるものだろう。

流行に左右されない、短期的に消費されない、NOT INSTANTなものとしてのロック。この前後で「アイドル」は何も残さずに消えてしまうもの(=INSTANTなもの)として引き合いに出されている。「アイドル」と「ロック」の対立構造はここにも見て取れる。

 

時代を越えても輝きを失わず、永遠に残り続けるためには、いつの時代もリスナーに届き、響いている必要がある。3ピースバンドを完成させる、4つ目のピース。これが絶え間なく循環していくことが重要だ。

入れ替わり立ち替わる4つ目のピースが、その時代その時代で4Uを完成させる。"4U"というバンド名が可視化する不完全で歪な鋳型は、4つ目のピースのために用意された空席だ。彼女達は、彼女達の音楽は、そこに座る4人目のメンバーをいつの時代も待ち望んでいる。

リスナーによって初めて完全体となるという自明の事実を敢えてバンド名に刻んだことには、手渡されることで完成するという音楽の不完全性をアルバム名で示唆したことには、そうした祈りが篭められているのではないだろうか。

永遠であるために不完全体でいることの妙。いつかのどこかの誰かである4人目のメンバーへと手渡され、その都度完成するのが4Uの音楽でありロックでありこのアルバムだ。"4U"というバンド名と『The Present "4U"』というアルバム名に込められた祈りが通じたとき、このアルバムは真の"名盤"になるのではないだろうか。

 

 

 ■参照・関連ページ

 ・Tokyo 7th シスターズ - 4U

 

 ・非現実の王国で - Wikipedia

 

Tokyo 7th シスターズ「The Present "4U"」特集|茂木総監督&4Uキャスト(長縄まりあ、吉岡茉祐、山下まみ)座談会 (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

 

We are not instant|Tokyo 7th シスターズ 3rd Anniversary Live 17’→XX -CHAIN THE BLOSSOM- in Makuhari Messe - semillaの航星日記

支配人仲間のせみや氏による記事。3rdライブからナナシスそのものに関する大ボリュームの名文である。全員読んで欲しい。アイドル観が語られている箇所を参考にさせていただいた。

 

ナナシス 777☆SISTERSの「誰かの背中を押す」楽曲 - くろろのたのしいブログ(仮)

拙稿。「アイドルは受け手によって見出されるもの」というのが何となく伝わるんじゃないかと思う。

 

 

 

 

 

 

ナナシス 777☆SISTERSの「誰かの背中を押す」楽曲

 

 Tokyo 7th シスターズ - イントロダクション(公式HP)

 

今年の8月末に、Tokyo 7th シスターズ(以下ナナシス)より、同タイトル内のメインユニットである777☆SISTERSの最新シングル『スタートライン/STAY☆GOLD』が発売された。3ヶ月近くが経ってからこう言うのも心苦しいが、この新曲について何か書こうと思ったのがこの記事のそもそもの発端だったりする。

前述した『スタートライン』と『STAY☆GOLD』という楽曲を受けて、ナナシスの魅力や、そのコンセプトについて考える機会が増えた。それをどうにか文章に残したいと思いながらも、気が付けば冬も間近まで来ていたという次第である。発売当時はまだ夏だったはずだ、おかしい。

上記したコンセプトというのは、ナナシスが掲げる「誰かの背中を押す」というものだ。テーマと言った方が良いのかもしれない。これは初期から一貫しているもので、スタッフやキャストが公式の場で語っていることも確認できる。原作アプリゲームで読むことが出来るエピソードや、既に数多く発表されている楽曲の歌詞を見ても、このコンセプトの息吹を随所に感じ取ることが出来る。

この記事ではこの「誰かの背中を押す」というコンセプトに着目している。ナナシスの発表曲の中でも、このコンセプトが強く反映されている楽曲を取り上げて、その魅力について語っていこうというのが記事の内容だ。ナナシスの魅力は他にもたくさんあるが、自分はこのコンテンツが持つ切実さがとても好きである。ナナシスを既に知っている人には魅力を再確認する機会に、まだあまり知らない人には「他とちょっと違うかもしれない」と興味を持つきっかけになると嬉しい。

  

1.「誰かの背中を押す」ことについて

 

ナナシスの楽曲について見ていく前に、改めて「誰かの背中を押す」というコンセプトについて考えてみたい。長くなる(本当に長くなった)が、各楽曲を語る上での前提の共有みたいなものだと思って欲しい。長いなと思ったら飛ばして下さい。 飛ぶよ!

なお、ここまでナナシスの楽曲という表現をしてきているが、実際に取り上げるのはナナシスのメインユニットである777☆SISTERSの楽曲だ。ナナシスのコンセプトを最も体現しているのがこのユニットだからである。

 

ナナシスと空 夢を追うリスナーを後押しする

「誰かの背中を押す」ということは何を意味するだろうか。文字通りに捉えれば「背中を押す」ことで押された側は前に進むことが出来る。前に進むことの手助けをしたり、そのきっかけを作るというのが「背中を押す」ことの意味であり、それが777☆SISTERSの音楽が目指す一つの形だと考えられる。

ではこの背中を押される側、要するにリスナーは、どこに向かっているのか。楽曲の歌詞から考えると、これはリスナーの持つ「夢」だということが見えてくる。理想や目標とも言い換えられるだろう。こうしたリスナーの夢見る場所の象徴として、777☆SISTERSの楽曲では「空」という言葉が多く用いられる。

このリスナーの夢とは、現在それに向かって突き進んでいるものを指す場合もあれば、挑戦する前に半ば諦めてしまったものを指す場合もある。同様に、想定されるリスナー像に関しても、夢に向かって既に走り出している場合もあれば、まだ踏み出せずにいる場合もある。これらのフェーズは楽曲によって異なるが、「背中を押す」という行為には、立ち上がって前を向かせる、自分の内面にある空に向き合わせるという意味合いもあると言える。

いずれにしても777☆SISTERSの楽曲はそうした夢を持つ人の背中を押す。夢を持つというと大仰な響きだが、新しいことを始めたいという漠然とした想いや、何か行動を起こしたいという疼きのようなものも当てはまる。ここではないどこかの空に憧れる人を777☆SISTERSは後押しする。それは行動に移せている人も、行動に移せずにいる人であっても同様である。

  

ナナシスと涙 裏側の痛みに目を向ける

楽曲によってリスナーの状況や夢のフェーズが異なると書いた。一方でどの楽曲にも通じる共通項があると思っている。それは、夢や変化と向き合った際に訪れる、挫折や諦観というようなネガティブな心情に目を向けている点である。

目標に近付くにはアクションが必要になる。いわゆる努力というやつだ。努力という言葉には前向きな響きがある。だがその実は、時に地道で単純な作業の連続であったり、はたまた挫折や苦労の連続という場合も多い。

最初からアクションが起こせない、そんな場合もあるだろう。踏み出す勇気が出なかったり、もう何かに全力を注げるほど身軽ではないという状況もある。こうした心情を諦観という言葉で括るのは乱暴かもしれないが、スタートラインに立てないという状況はある。

夢に近付く際には大なり小なり辛い時間を乗り越える必要がある。努力の裏で流した汗、耐え忍んだ痛み、諦観しつつも夢を横目に見続けた時間。こうした厳しさを、777☆SISTERSの楽曲では「涙」という言葉で表現することが多い。

777☆SISTERSの楽曲の力強さと説得力はここにあると思っている。頑張っている人に頑張れと言うのは禁句だという。希望を歌っても、燻っている人間には響かない場合がある。777☆SISTERSは現実に寄り添う。フィクションで隠されてしまう部分に目を向ける。陽の目を見ない裏側の努力。手を伸ばせず諦めていた苦悩の時間。そんな痛みを歌ってくれるのが、力強く静かに肯定するのが777☆SISTERSだと思う。彼女達の楽曲は、隠れて涙を流す人の背中を押してくれる。

 

ナナシスと虹 ひとりで行かせる

加えて777☆SISTERSの楽曲の特徴は、そんなリスナーの手を引いて共に歩むのではなく、自分の足で進ませるところにあると思う。777☆SISTERSが「背中を押した」とき、押された側は777☆SISTERSより前に出ることになる。視界の先にはリスナーの目指す場所があり、その道筋に彼女達は居ない。そして、リスナーが前に進む限り交わることは無いのだ。

777☆SISTERSのいくつかの楽曲には「ひとり」という言葉が登場する。『スタートライン』には[涙を拭いたなら ひとりで行かなくちゃ]という歌詞がある。「背中を押す」とは「送り出す」ということでもあるのだ。それは聴き手が777☆SISTERSからある意味での卒業をすることも示唆していると思う。

自らの足で青空へと進み出し、痛みや涙を乗り越えたとき、彼らの空には「虹」が架かると777☆SISTERSは歌っている。他の誰にも持つことは出来ない、それぞれが持つ自分だけの虹だ。777☆SISTERSが背中を押すことで、やがてリスナーが自分だけの虹を見つけるまでを、このコンテンツは描いていると思う。これが「誰かの背中を押す」というコンセプトが描くシークエンスだと思う。

 

 

2.楽曲別に見る777☆SISTERSのメッセージ

 

前の章で「誰かの背中を押す」ということについて長々と書いたが、ここからが本題である(マジ?)。このコンセプトが777☆SISTERSの楽曲にどのように落とし込まれているかを、一曲ずつ取り上げて見ていく。もしナナシスをあまり知らないという方がこの記事を読んでくれていた場合、ここで紹介する楽曲に少しでも興味を持って頂けたら嬉しい(前章で脱落していないと信じながら)。

 

H-A-J-I-M-A-R-I-U-T-A-!!

H-A-J-I-M-A-R-I-U-T-A-!! 777☆SISTERS 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

777☆SISTERSのデビュー曲として発表された楽曲。1stライブである『H-A-J-I-M-A-L-I-V-E!!』や1stアルバム『H-A-J-I-M-A-L-B-U-M!!』の名前もここから来ており、曲名の通りナナシスの原点とでも言うべき楽曲である。777☆SISTERS初期の楽曲に共通しているEDM調のサウンドが特徴だ。

[何も知らない子供と 夢を捨てた大人の間で また少しずつ変わっていく]という歌詞がある。無邪気に夢を描けた時代と、現実に順応しつつある現在。時間と共に後者に染まっていく中で、もう一度夢見た場所へ向かう力をくれる。夢を諦めかけていた人に、もう一度前を向かせてくれる曲だ。

前章で「777☆SISTERSは背中を押す」、「ひとりで行かせる」ということを書いた。しかしこの曲は、[今すぐこの手をとって! ボクらで始めよう]と歌うように、「手を引いてくれる」内容になっている。777☆SISTERSの他の楽曲を見ても、こうした歌詞は登場しない。非常に特別な立ち位置にある楽曲だと思う。

リスナーが777☆SISTERSと出会い、まず自身の内面にあった夢に気が付く、意識する。そんなイメージが描かれた、まさに始まりの歌なのだと思う。

 

 

僕らは青空になる

僕らは青空になる 777☆SISTERS 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

1stアルバム/1stライブの後に発売され、777☆SISTERSにとってのメジャーテビュー作となった1stシングル。初期のEDMとは印象の異なるバンドサウンドだが、アプリ内エピソード『EPISODE.4U』を経たことが、以降の777☆SISTERSの楽曲のサウンドに影響を与えたと語られている。作品のストーリーが実際の音源に表れるナマモノっぽさは面白い。

「叶わないだけの夢もあると キミはちょっと悲しく笑うけど」という歌い出しからは、夢を抱きながらも半ば諦めて足踏みするリスナー像が垣間見える。しかしその一方で、彼はやはりその夢を捨て去ってはいない。

サビの[運命だよ ココニイルコトハ]という歌詞が印象的だ。現在のこの瞬間、状況、流してきた涙、その全てに意味がある。全ては偶然ではなく必然である。立ち止まりながらも夢を見続ける現在の自分を、根っこから肯定する。

アプリゲーム内のエピソードでキャラクターがこの楽曲について言及するシーンがある。「この曲は恐れずに立ち上がって前に進むことを決める曲。決意の曲なのよ」と。全てを運命だと受け容れて前を向いたとき、雲が晴れて視界に夏の青空が広がる。

運命という言葉は強力で、時に暴力的でもある。ある意味でこれは後出しジャンケンだ。だがそれ故に最強である。世界を180度反転させるパワーを持った楽曲だと思う。

『僕らは青空になる』というタイトルも印象的だ。[僕ら]というのは、777☆SISTERSの12人に加えてリスナーのことも指していると思う。『FUNBARE☆RUNNER』でも後述するが、777☆SISTERSの楽曲からバトンを受け取ることで、リスナーもまた誰かに青空を見せる存在になる。[ひとりぼっち僕らの みんなの物語]という歌詞がある。個々がそれぞれの青空を見つけ走り出す行為が、また次の誰かの青空へと波及していくイメージがここにあると思う。

 

Tokyo 7th シスターズ「Are You Ready 7th-TYPES??」特集 (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

 

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(EVENT.025「New Year LIVE in ナナスタ!!」より)

 

 

FUNBARE☆RUNNER

FUNBARE☆RUNNER 777☆SISTERS 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

『僕らは青空になる』と共に両A面シングルで発売された曲。『H-A-J-I-M-A-R-I-U-T-A-!!』や『僕らは青空になる』が前を向かせる曲、前に進むことを決める曲だとすれば、こちらはまさに前に踏み出した後の曲だ。走り出してから壁にぶつかったとき、立ち止まりそうになったときに、鼓舞するように力強く背中を押してくれる。ストレートな応援ソングだ。

[だって「このままあきらめたい」 そう思わない自分のこと信じてたい]という歌詞が好きだ。諦めたいと思わないのは、まだやり切っていないからでもあると思う。それはまだ余力がある、甘えがあることも示唆する。ある意味で自分の弱さと対峙することになる。[だって自分の限界なんて測れない]というように、自らブレーキをかけてはいけないのだ。

[いつか誰かの光になるんだ 想いのたけ手渡すように]、[君とつなぐバトン 終わらない夏の始まりを見てる]。「光」とはまさに誰かの背中を押す存在、777☆SISTERSが目指す存在を指すと言えるだろう。誰かの憧れの対象になるということでもある。

777☆SISTERSが持つバトンとは、作中で伝説のアイドルとして描かれるセブンスシスターズから繋がれている。そのバトンがリスナーへと手渡され、リスナーもまた、誰かの光になる。躓いても立ち上がり、逆風に負けず走るその背中が、また別の誰かに青空を見せる。その連鎖が続くことが、[終わらない夏]の意味するところだと思う。

 

 

ハルカゼ~You were here~

ハルカゼ~You were here~ 777☆SISTERS 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

アニメーションMVのBDと同梱で発売されたシングル。777☆SISTERSとしては初めてのバラード曲である。前述のアニメーションMVでは、2040年にこの曲が卒業式の合唱曲として歌われる未来が描かれている。このMVは本当に素晴らしいので全世界の人に見て欲しい。犬にも見て欲しい。通常盤であればCD+BD付で1800円で手に入る。

この曲は「誰かの背中を押す」ことに強くこだわって作られたことが明かされている。MVではそれらが表現されていると思う。ナナシスの一つの集大成とも言われる3rdライブのリード曲でもあり、ナナシスらしさが詰まった曲だと言える。

ひとりで青空へと歩み出し、人知れず涙を流しながらも、それが虹となって空に架かる。花となって空に咲く。花をモチーフとして、四季を越えて蕾が花開くまでを、力強くも美しい歌詞で描いた名曲だ。総監督へのインタビューにおける[やれることは全てやり切れた]という旨の発言もあるように、コンセプトの全てが凝縮されているように思う。

蕾が花開くとき、聴き手はどうなるのか。前章でも書いたが自分はこの瞬間を777☆SISTERSからの卒業と繋げて考えてしまう。だがそれは別れという意味ではない。「誰かの背中を押す」という役目を持った光からの卒業だ。以降の777☆SISTERSの楽曲はまた違った響き方をすると思う。役目が無くても、誰に見られずとも、桜の枝は毎年花をつける。そこに意味付けなど無くても、変わりなく花は美しいのである。

 

「ハルカゼ」に込めた『ナナシス」の本質を茂木伸太郎総監督が語る | アニメイトタイムズ

Tokyo 7th シスターズ「t7s Longing for summer Again And Again~ハルカゼ~」特集 茂木伸太郎総監督インタビュー (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

 

 

スタートライン

スタートライン 777☆SISTERS 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

3rdライブを経てからの初のシングル。8月30日発売で、これは九条ウメというキャラクターの誕生日だったりする。

「スタートラインを引き直す」ということが歌詞の中で示唆されている。そこを出発点として、ゼロからのスタートを切ってもいいということだ。「リスタート」という言葉の方がしっくり来るかもしれない。壁にぶつかったり転んでしまっても、立ち上がって空を見上げる。そこが新たなスタートラインになる。

夢や目標を横目に見ながらも、踏み出せないまま違う道に歩み始めた人への歌という聴き方もあると思う。時間と共に増えていく荷物で身動きは取れなくなっていく。しかしいくら諦めようと自分を説得しても、心に描いた花は決して消えようとはしない。生々しい話をすると他にやりたいことがあるけど諦めて何となく普通の会社に就職したみたいな人間にぶっ刺さると思う。生々しい話終わり。

何度も繰り返し書いたスタートライン。イメージでは何度も描いた、そこから踏み出す自分。重くなった荷物を降ろし、そのイメージを現実にしても良いと、そう後押ししてくれる曲だと思う。ゼロからのスタートになるかもしれないが、狼狽する必要はない。他人と比べることなく、自分らしく歩みを進めていけばいいと、不安を拭うように歌ってくれる。

 

 

STAY☆GOLD

STAY☆GOLD - 777☆SISTERS - 歌詞 : 歌ネット

前述の『スタートライン』との両A面シングル。アップテンポでライブ映えしそうな風格を持っている。この楽曲もハルカゼと同様に、コンセプトが描く景色が表現された楽曲だと思う。

[かっこ悪いのが本当の君だよって この空が教えてくれたね]。夢を追いかけるという行為には、時に冷ややかな目線が向けられる。夢想家だと揶揄的に笑われることもある。そうした周りの視線に合わせて取り繕うことを「かっこつける」とするならば、無防備に真っ直ぐに自分の道を行くことは「かっこ悪い」とも言えるだろう。

[さよならした地図]、[かすれてしぼんでた想い]というフレーズは、格好をつけて抑圧しながらも、潜在的な部分で諦められない夢を指していると思う。ここは『スタートライン』と重なる部分がある。重い荷物や環境によって踏み出せずにいる人を後押ししてくれる曲だ。

この曲は、背中を押され、ひとりで歩き出してからのイメージを見せてくれる。自分の足で歩き出し、苦難を乗り越えた先にある虹を見せてくれる。何度か書いている、「777☆SISTERSからの卒業」を果たしてからのイメージだ。

[夢を見た僕たちは 今ならひとりじゃないから]。目指す場所は違えど、ベクトルは同じである。リスナーもまた、誰かの光として前に進んでいる。『僕らは青空になる』の、[ひとりぼっち僕らの みんなの物語]という歌詞とリンクする。背中を押されるのではなく、対等な存在として、共に進んでいるのである。

この『STAY☆GOLD』は、これまでの楽曲のメッセージやそこで描かれてきたイメージを集合させた、やはり集大成的な楽曲という印象が強い。それまでの自分自身の歩み、その記憶が力となって、前に進んでいくというイメージがある。

 

 ・ Tokyo 7th シスターズ「スタートライン / STAY☆GOLD」特集|茂木総監督&岡ナオキが提示するナナシスの本質 (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

 

 


 

 ということで「誰かの背中を押す」という観点から、777☆SISTERSの楽曲を何曲か取り上げてみた。なるべく削ったつもりが9,000文字近くあるらしい。歌詞をどう解釈するか、という小難しい部分も多くなったが、各楽曲が持つ魅力や切実さが断片的にでも伝わっていれば嬉しい。

ここに書いてきたことの大部分は、主観的な歌詞の解釈に拠るものである。解釈の至らない部分、スペース的に省いた部分等は多くある。各楽曲には考えるべき部分がまだまだ残っていると思うし、聴き手の数だけ別の解釈があるはずだとも思う。はたまたコンセプト云々を抜きにして楽しむのも正しい。

楽曲の聴き方に関しても同様だ。ナナシスの舞台は西暦2034年である。作品世界を考慮すれば、777☆SISTERSの楽曲は一義的には2034年のリスナーに向けて歌われていると言える。このことを踏まえて、客観的に聴くというのもアリだ。一方で、当事者として背中を押してもらうように聴くのも良い。それを可能にする普遍性と力強さが各楽曲にはあると思う。

 

繰り返しになるが、ナナシスの魅力は他にもたくさんある。自分が見つけられていない魅力もあると思う。コンセプトを抜きにしても、楽曲はどれを取ってもクオリティが高くて名曲揃いだ。ここで取り上げていない777☆SISTERSの楽曲もある。キャラクター、エピソード、ゲーム、声優陣によるライブステージ等もそれぞれ魅力的である。

だから、当然だがこの記事に書いたことが全てではない。あくまでも一つの角度から捉えたものだと思っていただければ幸いである。

 

 

■ 参照・関連リンク

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「Tokyo 7th シスターズ」特集 (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

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STAY☆GOLD - 777☆SISTERS - 歌詞 : 歌ネット

 

 

 

 

2017年9月のまとめ

 

MF文庫J夏の学園祭2017(2017.9.10)

 

ベルサール秋葉原にて開催された『MF文庫J夏の学園祭2017』に参加。MF文庫関連のキャラクターグッズ物販があったりイラスト展示なども行われていた。ステージイベントとして久保ユリカさんがメインパーソナリティを務める『ようこそ実力至上主義の教室へ』のラジオ公開収録が行われていたのでそれ目当てでの参加でした。

ラジオをちゃんと聴いていないのにこういうのだけ行くのもどうなのかとは思いつつも、楽しい時間だった。久保さんはMCとしてうまく回しながらも随所で笑いも取っていて、一人しゃべりで胃が痛い時代はもう終わったのだなと改めて実感した。

関係ないけどBAYCAMPというオールナイト野外フェス明けで参加していたのと、この日に秋葉原で変なおじさんに絡まれたため記憶の混濁がある。

 

 

ようこそ実力至上主義の教室へ』最終話先行上映会&WEBラジオ公録(2017.9.27)

 

よう実の最終回上映と、ラジオ公開録音を一緒にやっちゃおうというイベントに参加。

最近はこの手のアニメ先行上映イベントが本当に多い。最速で大きなスクリーンで見られたりキャストの感想を聞ける利点がある一方、先行上映なのでTwitterにネタバレは書けないし、かと言って放送直後を見計らって感想を書くのも変だなとなって毎度もやもやすることになる。

最終回のラストシーンでは主人公の醒め切った本音のモノローグでエンディングへ、強烈な後味を残して終わった。久保さんは「ドン引きした」と言っていた。俺もまあまあ引いた。でも人間の「見せたくない」裏側の部分を描いていて挑戦的で良い作品だったと思う。

 

 

少女終末旅行』先行上映会(2017.9.30)

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少女終末旅行の先行上映会に参加。スクリーンで見た第一話は本当に感激した。美術の素晴らしさと切ない空気感のマリアージュが完璧である。そんな世界を旅する二人が飾らず自然体なのが抜群に良く、これはキャスト二人の演技を褒め称えるべきだろう。原作が人気タイトルなのでオーディションの倍率も高かったと思うが、さすがは勝ち残った実力者である。久保さんおめでとうございます。

そんな訳で上映後のキャストトークには水瀬いのりさんと久保ユリカさんの二人が登壇した。作中の登場人物が非常に少なく、アフレコも殆ど二人だけで進むそう。その過程で二人はかなり仲良しになったようだった。というかもはやラブラブだった。

アフレコの後は毎回二人で食事に行くというエピソードが印象的。久保さんはアフレコが終わるとさっさと帰ってしまうタイプの人だと聞いていたので、水瀬さんには相当心を開いているんだと思う。性格や雰囲気も近しいものがあり、仲良くなったのも頷ける。人間があんまり好きではなさそうなところが似ている。

二人とも作品への愛が深いようで、作品の世界観にどっぷり浸かっている様子だった。まだアフレコの回数は残っているが既に終わってしまうときのことを考えて憂鬱になるという話も。なんというか100点満点の人選だと思う。

 

 

覆面系ノイズスペシャルライブ(2017.9.30)

 

 

覆面系ノイズスペシャルライブに参加。アニメは楽しく見ていたが、早見沙織さん見たさに参加した部分が大きく、原作ファンの人に怒られそうな消費の仕方になってしまったのは反省。でもずっと見たかった早見沙織さんのパフォーマンスを最高の形で見ることが出来て本当に良かった。

↑は完全に勢いで書いた記事。