武田綾乃の『飛び立つ君の背を見上げる』(響け!ユーフォニアム 小説)

 

 

読んだ。控えめに言って最高だった。

響け!ユーフォニアム』シリーズの主人公は黄前久美子であり、基本的には久美子の視点に立った文章が紡がれる。しかし今作では久美子と同じく低音パートに所属する一つ上の先輩、中川夏紀が主人公となり、物語も彼女の視点から語られる。

作中において、中川夏紀は高校3年生。吹奏楽部は既に引退しており、卒業式を間近に控えているという状況だ。そんなモラトリアムの真っ只中、彼女の同級生である傘木希美、鎧塚みぞれ、吉川優子の3人との関係性に焦点を当てる形で物語は進行する。

夏妃は趣味でギターを弾いているのだが、元吹奏楽部の友人である若井菫から軽音楽部の卒業公演のオープニングアクトを頼まれ、優子とのツインギターによる即席バンドでそれに出演する……というのが物語の軸になっている。

 

夏紀視点の三人称で書かれる地の文が非常に良かった。夏紀は自身の性格も悪さに関して自覚的であり、斜に構えた人間であることを理解している。更にはみぞれという才能の権化が間近にいることも手伝ってか、自らが凡人であり決して恵まれた才能の持ち主ではないことを自認している。

吹奏楽に対しても特別な思い入れを見せることはなく、その内面世界は非常に現実主義的でドライである。彼女は高校1年生の時に初心者として吹奏楽を始めた上に、練習についても滝が着任するまではサボり気味だった。才能はおろか努力の総量においても本気で取り組んでいる人間には太刀打ち出来ない、という地に足の着いた諦観がそこにある。

無関心・無気力ともつかない俯瞰とニヒリズムに彩られた彼女の哲学は、しかし非常に等身大かつ人間的であり、読み手の共感を誘うリアリティを有している。"翼を持たない"側の人間であることを、過剰に自認する夏妃。そんな彼女が、残り僅かな高校生活の中で何を感じ、何を思うのか。彼女が"飛べる"瞬間はあるのか。あるとしたら、その相棒になるのは。

 

上記したように夏妃のニヒルで醒めた視点からの描写も良かったが、随所で見え隠れする脆さや、不意に感傷的になる部分もまた人間らしさであり、それが同時に彼女の魅力にもなっている。「吹奏楽に関する思い入れを見せることはなく」と書いたが、これはある種の自己暗示的な側面もあると言えよう。今後はもうユーフォニアムを気軽に演奏出来ない、という事実に気付いた際の心情には胸を打たれた。

心情描写に限らず、風景描写やモチーフとなるオブジェクトの登場のさせ方なども素晴らしい。武田綾乃さんは自分と同い年らしいが、今後更に筆力が伸びていくとすると末恐ろしいものである。