『空ろの箱と零のマリア』とその辺の話

御影瑛路の『空ろの箱と零のマリア』というライトノベルシリーズがある。つい先日、その第7巻を読み終えた。それはシリーズの最終巻で、発売は2015年6月。第1巻の発売から6年以上が経過し、ようやく完結を迎えたのだった。

 

 

このシリーズに関してはかなりの思い入れがある。せっかくなので今回はその話をしてみたい。そんな訳で、この記事は『空ろの箱と零のマリア』の内容について触れて魅力付けをしていくようなレビュー記事にはならない。個人的で勝手な思い出を反芻していくだけだ。

 

 

 

俺がまだ高校生だった頃、その第1巻を手に取った。初めて自分の金で買ったライトノベルだったはずだ。当時、ほかに読んだことのあるライトノベルといえば友人に借りた『バカとテストと召喚獣』シリーズくらいだったと思う。

本の新刊は高い。『空ろの箱と零のマリア』の1巻は分厚かったので六百円くらいした。高校生からしたら安い出費ではない。でも俺は『空ろの箱と零のマリア』を買った。特に有名な作家が書いていた訳でもない。話題沸騰の一冊だった訳でもない。当時の俺が尊敬していた人がその本を薦めていたからだ。

 

 

俺はその人の名前を知らない。顔も知らない。その人のことは以下Oと記す。性別は男だと思うがそれも定かでない。最初は女だろうと思っていた。年齢は俺の二つ下。

Oを俺はTwitterで見つけた。Oはプロフィール欄のリンク先でブログを書いていた。何の変哲もないFC2ブログだ。Oはアニメやライトノベルを好むオタクだった。ブログでは自らが触れた作品の感想を綴っていた。それ以外にも、自らの考えや主張を控えめに、しかし強かに書いていることもあった。

俺はそれらの文章に魅せられた。Oは天才だと思った。Oは弱い者の立場を理解していた。おそらくそれはOも弱い者だったからだろう。決して他人に押し付けたりはしない。しかし確固たる信念は持っている。他人の不幸を笑わない。全員の幸福を願っている。

Oは革命家を目指すと言っていた。つい最近まで中学生だった学生の言葉だったはずだが、妄言には思えなかった。

Oの文章は決して他人の為に書かれてはいなかった。どこまでもO自身の為に書かれていたような節があった。それでも、いや、だからこそOの言葉には人を動かす力があった。どこか恥ずかしそうで、言い辛そうで、でも決して引っ込めることはしなかった言葉。

そうした経緯もあって、Oが紹介していた『空ろの箱と零のマリア』の1巻を俺は手に取ることになった。その頃、シリーズは既に4巻まで発売されていた。Oは、3,4巻に登場するキャラクターに共感し、敬意を抱いていた。

1巻を俺は1日で読んだ。単純に面白かった。4巻までも間隔を空けることなく読んだはずだ。この作品では『願い』というものが一つのテーマになっている。多感な時期だったためそのテーマに関して思索を巡らせる機会も多くあり、かなり影響された部分があると思う。

 

それから『空ろの箱と零のマリア』シリーズは、長いときで次巻までに2年間程の間隔を空け、打ち切り説が流れる中も刊行を続け、2015年6月に完結した。そして俺は先日、シリーズの最終巻に当たる7巻を読み終えた。発売日に真っ先に読まなかったのは明確な理由がある。完結巻が発売されていたことを最近まで知らなかったのだ。

Oは数年前にインターネット上から完全に姿を消してしまった。俺は時にOのことを思い起こし、時にすっぽりと忘れ、そんな繰り返しで少しずつOのことは風化しつつある。新刊の情報に気が付かなかった理由の一つはこれだ(と思う)。

今回、『空ろの箱と零のマリア』最終巻に触れて、Oの記憶がまた蘇った。でもこの作品は完結して、新刊が世に出ることはもうない。これはケリをつけるタイミングなのだと思った。だからこうして書いてる。これまで書いたことはない。書いたら終わってしまう気がしていた。でも終わらせるべきなのだ。

 

偶然なことに、この7巻を読み終えたその日に俺は、Oとの出会いに勝るとも劣らない出会いをした。中学時代の友人が、ブログへのリンクを公開していた。彼と俺は同じ部活に入っていたことや、帰り道が同じだったこともあり、色んな話をした。彼は頭が良かった。卒業して会わなくなっても俺は彼を尊敬していて、対等でありたいという想いと同時に、適わないなという想いも抱いていた。

ブログには彼の思想と彼の哲学とが贅沢に書かれていた。彼もまた天才だった。彼は卒業後もサボらず、その才能を磨いていた。Oとはベクトルの違う天才。Oは弱かったが、彼は強かった。

彼はOと同じく、本物だった。他人の為でなく、自分の為の言葉がそこにはあった。無駄な誇張や装飾のない、源泉があった。俺はやはり彼の文章に魅せられた。彼の言葉で言うならば「喰らわされた」。

俺はこれまでに革命家を目指すと言った人間を二人知っている。一人がO。もう一人がその友人だ。

 

 

そんな感じで終わり。たまにはこんな記事も良かれと思って書きました。どうなんだろうこれは。でも本当はこういうのをたくさん書きたいのかもしれない。